第30話
邪の者の鋭い爪が柊水の顔を傷つけようとした。
「炎よ、燃やせ!!」
火織はすぐさま火球を作り、投げ飛ばす。
女の姿をした邪の者の腕に火球が当たり、ボウッと燃え広がった。邪の者は腕を引っ込める。
「チッ……」
邪の者は舌打ちをし、炎を消そうとしている隙をついて柊水は神殿の扉に駆け寄り開けようとした。
しかし、扉はびくともしない。
「なっ……!?」
柊水と火織が驚愕の表情を浮かべる。対して邪の者は余裕たっぷりな顔をしていた。
「残念デシタァ。私を倒さない限り、この部屋から出ることはデキナイノヨ」
邪の者がそう言い終わると、炎の刀が振り落とされる。
邪の者はスイッと後方に避ける。
火織は矢継ぎ早に火球を、刀を、炎で作り出した動物を邪の者に放つ。
しかし、邪の者の動きは早く、火織の攻撃はどれも当たらない。
ギリッと歯を食いしばる火織。
「炎よ……!!」
「火織さん!」
グッと肩を掴まれる。
火織はハッとなって肩を掴んだ柊水の方を見た。
「火織さん、落ち着いてください。そんな無茶苦茶な攻撃をしては、早くに限界がきてしまいます」
「そう、ですよね。ありがとうございます……柊水様」
火織は深呼吸をして焦っていた心を落ち着ける。
「アラアラ……もっと攻撃してくれて構わなかったノニ。それで限界が来てさっさと倒れてくれたら良かったノニ」
邪の者は歪な笑みを浮かべながらそう言った。
そして邪の者はニヤニヤと笑いながら柊水の方を見る。
「ネェ……神の代行者サン。隣りにいるその女を私にくれたら、アナタの命は取らないでアゲル。できればそうしてくれると嬉しいノヨネェ。アナタの不幸の味、好きダカラ」
柊水は眉をひそめる。
「火織さんをあなたに渡すなんて……そんなこと絶対にしません」
「あらソウ……。なら、アナタも隣の女も私が喰らうしかないワネ」
邪の者はそう言うと、髪の毛を引き千切り、槍へと姿を変えて柊水目掛けて投げた。
「水よ、弾け!」
柊水は水を呼び出し、水圧で槍を弾き返した。
「こっちも……!炎よ、貫け!!」
火織も炎を槍の形へと変えて邪の者に向けて飛ばす。
しかし、炎の槍は邪の者の腕に払われてしまう。
「水よ、邪の者を切り裂く刀となれっ」
柊水が手中に現れた水球を握れば青く輝く刀となる。
柊水は刀を握り、邪の者に斬りかかる。
邪の者は黒い火球を投げ飛ばすのと同時に足元から黒い触手のような物が飛び出して柊水に襲いかかる。
「柊水様!」
火織は一瞬ヒヤッとしたが、柊水は軽やかに火球と触手を避ける。
邪の者はなぜかフッと笑った。
柊水を襲おうと伸びていた触手が急にグニャリと進行方向を変えた。
柊水はハッと進行方向を変えた触手を見る。
触手が伸びた先、そこには火織がいた。
まさかこっちにくると思っていなかった火織は対処が遅れ、触手にあっという間に拘束された。
一瞬でも邪の者から視線を外した柊水は、自分に迫っていた邪の者の腕に気付けなかった。
柊水は邪の者の腕に吹き飛ばされ、バンッと壁に打ち付けられる。
「ゴホッ……か、かおる、さん……!」
柊水はむせながら何とか起き上がる。
触手に拘束された火織は、邪の者の手の中にいた。
脱出を試みるも、触手と邪の者の手がギッチリと火織を掴み、離さない。
「火織さんを離せっ……!!」
火織のもとへ駆け寄ろうとする柊水。
しかし、邪の者が黒い霧を呼び出して結界を作る。
柊水は壁に阻まれ、近づけなくなってしまった。
「クソッ……!」
柊水が刀で斬りつけようが、叩こうが、ヒビ1つ入らない。
邪の者はにんまり笑う。
「アンタが死んだら、きっとあの神の代行者は不幸のドン底に落ちるデショウネ。フフ……きっと最高な不幸の味がするのデショウネ。今から楽しみダワ」
火織は邪の者を睨みつける。
(コイツが……きっと雨が止まない原因だ。コイツがこの神殿に住み着いてるせいで、柊水様の術が上手く発動できず、雨が降り続けたんだ)
火織はギリッと歯を食いしばった。
(倒さなきゃ……どんな手段を使っても)
ちりちりと、火の粉が舞う。
邪の者は「おや?」と思った。
火織を握っている手がどんどん熱くなる。
「アンタ、まさか……燃そうとしてるノ?全てヲ」
火織はにっこり笑う。
「そうよ。私と一緒に燃えましょう?」
結界の中は狭い。
じわじわやっていては火織が酸欠を起こしてしまう。
(やるなら、一気に……!)
結界の外で会話が聞こえた柊水は、一瞬で血の気が引いた。
「火織さん、待ってくださいっ!!!」
柊水が伸ばした手は、届かない。
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