第29話

火織と柊水が想いを伝えあってから数日、激しく振っていた雨も、また小雨に戻った。


今日の火織は、ご機嫌だった。

柊水が贈ってくれた着物は火織に似合う茜色で、さっそく着てみたら柊水と空が「よく似合う」と言ってくれた。


火織は庭をゆったりと散歩していた。

家の中だと気づきにくいが、外にいると神楽鈴の音が聞こえる。

しゃんっと澄んだ音が火織は好きだった。

火織はそっと目を閉じて、鈴の音と雨粒が地面を、葉を、傘を、水溜りを弾く音を聞いていた。


「これからも柊水様と一緒にいられるなんて、幸せだなぁ……」

火織はそう呟いて、閉じていた目を開ける。そして、薄灰色の雲に覆われた空を見た。

「早く青空を見たいな……」

柊水はだいぶ術の使い方、制御の仕方がうまくなった。規則正しい生活もしている。だが、まだ雨は完全に止まない。

「焦ってもしょうがない、しょうがない……」

火織はそう呟いた。


そんな時だった。

視線を感じた。

火織はバッと後ろを振り返るが、何もいない。

でも、じっとりと張り付くような嫌な気配は消えてはいない。

「まさか、邪の者?」

火織はぎゅっと傘の柄を握りしめて、嫌な気配が強くする方へと向かう。


「え、ここって……」

辿り着いたのは、儀式を行う神殿だ。

ひとまず中には入らず、神殿の周りを火織は調べる。

神殿の周りに邪の者はいなかった。

嫌な気配は、神殿の内部からしている。

火織は心配だった。

「どうしよう……儀式を邪魔するのは……。でも、柊水様が危ない……」

神楽鈴の音、祝詞を言う声は聞こえているので、柊水の身は無事だと思われる。

火織は扉の前でうろうろしていた。

すると、鈴の音と声が聞こえなくなった。

ハッと火織が顔を扉の方を向くと、柊水が出てきた。

「火織さん?どうしたのですか?」

柊水は少し驚いた表情をした。

「良かった柊水様、無事に今日の儀式を終わらせれたんですねっ……!」

「えぇ、はい。あの、何かあったのですか?」

「実は、神殿の内部から邪の者のような気配を感じまして……念の為、調べたいのですが、中に入っても大丈夫ですか?」

「私は何も感じませんでしたが……」

柊水はそう言って部屋の中をちらりと見た。

だが、すぐに火織の方に向き合って「何かあってからでは遅いですし、私も一緒に行って調べます」と言って火織と共に神殿の内部へと向かった。


神殿の内部に踏み入る2人。

そして火織は確信した。

やはりここには、何か……邪の者の類がいると。


「あの、柊水様、奥の部屋も見て……」

火織が言い切る前に、異変が起きた。

柊水の足元。影がモゾリと動いて、黒い鞭のような物が飛び出して火織と柊水の足を絡め取った。

一瞬の出来事。

2人は気がついた時には床に転がされていた。


「火織さんっ大丈夫ですか!?」

「っ……はい、大丈夫です。少し肩を強く打っただけですので……」

柊水は火織を起こしてくれる。

そして2人は足元を見た。

「これは……」

「邪の者……?」


2人の足に絡みつく黒い何か。

火織は手に炎を纏わせて、足に絡みついている黒い物を掴んだ。

同じく柊水も水を呼び出して小刀にする。そして小刀を黒い物にめがけて突き刺した。


キィイイイイ!!

酷い叫び声が神殿内部に響く。

とっさに火織と柊水は耳を塞ぐ。そうしていないと頭がおかしくなりそうなぐらい、聞くに耐えない叫び声だ。

しかし、2人の足に絡みつく黒い物は、消えない。それどころか、膨らみ始めたのだ。


モゾモゾ、ボコボコ……

柊水の背丈の倍ほどに膨れ上がったソレは、女のような姿をしていた。

床につくほどの長い黒髪、鬼のような角が頭上に生えている。

両腕には獣のように黒いゴワゴワとした毛で覆われて、全てを切り裂けそうな長い爪を持っている。

赤い瞳、そして赤い唇が開く。


「まずいナァ……美味しくないナァ……アンタの不幸の味、とても美味かったノニ……」

ゆらりと、女の腕が柊水に伸びる。


「……幸せになりやがっテ!!」

びゅっと長い爪が、柊水の顔を引き裂こうとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る