第27話

火織は呆然と外の景色……いや、空を見ていた。

昨日まで薄曇り程度だった空は厚い灰色の雲に覆われている。

そして、大粒の雨が降りそそいでいた。

また、大雨になってしまった。


「なんで……」

火織はそう呟いてたから、ハッとする。

「もしかして、私の……せい?」

ここ最近、柊水に大きく影響を与えた人物は、火織ぐらいしかいない。

火織は急いで自室に戻ると、部屋を綺麗に片付け、少ない荷物をまとめて荷造りをした。

(もう出ていこう。私がいたら、柊水様、上手く儀式ができない。それに……私がいたら、柊水様、意中の女性に想いを告げて結婚とかしにくいだろうし。そう、私はもう邪魔なんだ……)

火織は自分に言い聞かせるようにして、黙々と荷物をまとめた。


火織は足音をたてないようにして、そっと玄関に向かった。

傘と荷物を持って玄関を開けて、火織は固まった。

「火織さん?」

目の前に柊水がいたのだ。

「しゅ、柊水、様……」

柊水の視線は火織の持つ荷物にいく。

「火織さん、その荷物……」

柊水が言い終わる前に、火織は回れ右をして柊水から逃げ出す。


(縁側!縁側から出よう!)

火織は縁側に向かい、外へ飛び出した。

もう傘も荷物も邪魔だ。

どうせ大した荷物など入っていない。

火織は傘と荷物を置いて雨が激しく降る外へと走った。

「火織さんっ!待ってください!」

柊水が追いかけてくる。

火織は急いで柊水との距離を離そうとする。


ズルッ

片足が滑る。雨で地面はドロドロ。滑りやすくなっていた。

「きゃっ!」

べしゃっと火織は地面に倒れ込んだ。

「火織さんっ……!大丈夫ですか!?」

柊水は火織に近づき、起こそうと手を伸ばしたが、火織はその手から逃げるようにして自力で起き上がった。

「いいです。柊水様が汚れてしまうから……ほっといてください……」

起き上がった火織は歩き出そうとする。

「どこにいくつもりなんですかっ……!」

火織の肩を柊水が掴む。

「帰ります」

火織は柊水の顔を見ないでそう言った。

「帰るって……どこに……」

「私が元々住んでいた里に。ダメそうなら炎月さんのところに……」

「い、いかないでください!」

柊水が悲痛な声でそう言った。

思わず柊水の方を見る火織。


「お願いです、火織さん……いかないで、ください」

柊水はそう言って頭を下げる。

火織は困惑する。

「で、でも……私、柊水様の邪魔になりたくない……」

柊水はバッと顔を上げた。

「邪魔だなんて!火織さんは大事な存在です!」

火織はじりっと後ずさるが、片手を柊水に取られてしまう。

冷たい雨のせいでかじかんだ火織の手に、ほんの少し温かい柊水の体温がじわじわと染み込んでいく。

一瞬、火織は泣きそうになった。

「……柊水様は、好きな人がいるんでしょう?沢山の着物に簪、櫛とかを贈りたい人物がいるんでしょう?」

「それは……」

柊水が口ごもる。

火織は柊水の手を振りほどこうとした。

「無理なんです。柊水様が……ほ、他の人と仲睦まじくしてる様子とか、見てられない……。だったらもう、柊水様から離れたいんです!」

手を離して、と火織が言おうとすると、先に柊水が口を開いた。


「君なんだ」


火織は柊水の言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。


「私が……なんですか」

火織が恐る恐るそう呟けば、柊水はワシワシと自身の髪を掻き回す。

「その……火織さん、なんです。あの沢山の、着物に簪、櫛を贈りたい相手は」

「なんで……」

「火織さんのことが、好きだからです」


この時、雨の冷たさを火織は一瞬忘れた。

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