第26話

気づいたら、火織は畳の上に転がって寝ていた。

「うぅ……体が痛い……」

バキバキと鳴る肩や首をさすりながら起き上がった。

ふと、ぐしゃぐしゃにひしゃげた紺色の折り鶴が目に入った。

それを見ると、昨夜、柊水の部屋で見た大量の女性物の着物や簪、櫛のことを思い出す。

火織は折り鶴をくずかごの中に放り捨てた。


着物の着替え、乱れた髪を直し、畳のあとがついた顔を化粧して綺麗にする。

(うん。大丈夫……いつも通り)

火織は手鏡に写る自分の顔を見て、心を切り替える。

早朝の空との見回りに火織は向かった。




「火織さん、大丈夫ですか?」

隣を歩く空にそう言われ、火織はビクッと肩を跳ねさせた。

「え……だ、大丈夫ですが?」

「そうですか……。何だか、元気がないように見えまして……。あの、体調が悪かったらいつでも言ってくださいね」

火織はただコクリと頷くことしか出来なかった。


「今日も邪の者いなくて良かったですね」

「そうですね」

屋敷周辺を回り、邪の者がいないのを確認すると二人は屋敷に戻った。

玄関で傘を仕舞いつつ、火織の口からこんな言葉が溢れた。

「あの……柊水様って、好きな人……いるんでしょうか?」

空がきょとんとした顔をしていた。

「どうでしょう……。そういった話は、聞きませんねぇ」

「……そうですか」

一瞬、空に昨夜のことを言おうかと思ったが、上手く言葉に出来そうになくて諦めた。


朝食が出来るまでの間、いつもなら仮眠をするのだが、今日は眠たくなかった。

火織はぼんやりと座って雨音を聞いていた。

昨夜の出来事がいつまでも頭から離れず、心がもやもや、ズキズキする。


「あれは何ですか……そう聞いたら、心のもやもやなくなるかな……」

火織がそう呟くと、襖の向こうで空が火織の名前を呼んだ。

「火織さん、朝食の用意ができました」

「わかりました。今、行きます」

火織は立ち上がり、襖を開ける前に深呼吸をする。

「柊水様に、聞いてみよう……」

ぐっと火織は拳を握った。



静かだった。いや、違う。今日は、重い空気が居間を支配していた。


沈黙を破ったのは、空だった。

「あの、柊水様……体調が悪いのですか?」

「え、いや……そんなことありませんよ?」

柊水はゆるゆると首を横に振った。

「そうですか……火織さんも柊水様も今日は何だか元気がないみたいなので、無理しないでくださいね」

空のその言葉に、二人は一瞬、朝食を食べる手が止まった。


気づいたら食べ終わっていた。

(聞くなら……今よね)

火織が尋ねようとすると、先に柊水が口を開いた。

「あ、の……火織さん。その、言いたいことが、ありまして……」

火織はバッと立ち上がった。

「す、すみません……体調、やっぱり良くないみたいで」

両手に食器を持って、逃げるように台所に行く。

「火織さんっ……」

柊水は名前を呼んだが、火織は振り返らなかった。


自室に戻ると、火織はため息をついた。

「やっちゃった……」

また、逃げてしまった。

怖いと思ってしまった。


「追い出されるかな……」

火織はずるずると座り込む。


「まだ、ここにいたいな……」


もっと欲を言うなら……


「できれば、ずっと……」


ぱた、ぱた……畳の上に、雫がこぼれる。


火織の部屋には、雨音と、畳を濡らす涙の音がしばらく聞こえていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る