第25話
「おじゃましました!柊水様、楽しみに待っててくださいね〜!なるべく早くお届けしますねっ」
翠はパチッとウィンクをして笠を被る。
「そんな……急がなくても、大丈夫ですよ」
柊水と翠は火織にはわからない話をしている。
「それでは、失礼しますね!火織さん、必要なものがあったらいつでも連絡してくださいね!空も元気でな〜!」
翠は元気よく手を振って、小雨の中を歩いて行った。
「……柊水様、何を翠さんに頼んだのですか?」
ちょっと気になって火織は聞いてみた。
「え、それは……」
ごにょごにょと柊水が言い淀むので、火織は慌て「少し気になっただけなので、言わなくて大丈夫ですよっ!」と言う。
「その……な、内緒、です……」
柊水は小声でそっとそう言った。
(内緒……何だろうな)
火織は首を傾げつつ、居間に戻る空や柊水の背中を追っていった。
翠が訪れてから、またいつも通りの日々を送っていた。
小雨が続き、以前のような大雨にならずに日々が過ぎている。
屋敷付近に時々現れていた邪の者も、最近はほとんど見なくなった。なので、空との早朝の見回りも、お散歩になっていた。
「柊水様ーーー!お届け物で〜す!」
一ヶ月後、黒髪に翡翠色の瞳の少年……翠が再び訪れた。
「ご苦労さま……うわっ!」
玄関の扉を開けた空が驚きの声を上げる。
翠は荷馬車に大量の荷物を乗せてこの屋敷を訪れていた。
「柊水様、この荷物、どこに運びますか?」
「私の部屋と、隣の部屋に運んでくれますか?」
「わかりました〜!」
空と翠がサクサクと荷物を屋敷の中に運んでいった。
(す、すごい荷物量……)
火織は空と翠の邪魔にならないように隅からひっそり見ていた。
その日の夜。夕食を食べ、普段通り三人で術の訓練をした後は、寝るまでの間、各々自由に過ごしていた。
火織は柊水にいつか綺麗な折り鶴を渡したいと思っているので、今日も折り紙をしていた。
慎重に、紙の端と端をきっちり合わせて、折っていく。
「で、できたっ」
顔も歪んでいない、ピシッと綺麗な紺色の折り鶴が火織の手の中に収まっていた。
明日の朝食を食べる時に渡そうと思ったが、今すぐ渡したいという気持ちが膨れ上がる。
(まだ、柊水様……起きているかな)
火織は折り鶴を手に柊水の部屋へと向かった。
襖の隙間から光が漏れている。
(まだ起きてる……っぽいな)
火織がそっと声をかけようとした時……。
ガタンッドサッ!
火織もビクッと肩を揺らす。
「しゅ、しゅうすい、さま……大丈夫ですか?」
ガタンッとさらに何かが落ちる音がする。
「え、火織さん?あ、大丈夫ですから……お気になさらず!」
襖の向こうで柊水が慌てそう言った。
ドンッガタタッ!
しかし、何かにぶつける音がする。
「柊水様、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……え、うわっ」
バタンッ!ガンッ!
どう考えても、大丈夫じゃない。火織は襖に手をかけた。
「すみません、開けますね柊水様っ……」
襖を開けて柊水の部屋を見れば、案の定、中身をこぼした箱がいくつも転がっていた。
「か、火織さんっ……本当に大丈夫ですからっ」
柊水は青ざめた顔でそう言う。
「で、でも、さっきから柊水様、あちこちにぶつけてたみたいじゃないですか……ほら、こんな所に綺麗な反物を置いたままにして、足を滑らしたりしたら危ないですよ」
綺麗な藤色の反物を手に取る火織。よく見たら、着物だった。それも……女性物の。
ふと、足元にいくつも簪が散らばっていることに気がつく。
行灯の光に照らされて月光のように柔らかく輝く簪。
柊水の手には、梅の花が描かれた櫛を手に持っている。
それらが入っている箱はどれも、翠が今日、持ってきた箱だ。
倒れた箱から飛び出ている中身は、どれも女性の物だ。
火織の動きが一瞬止まる。
「あ、あの火織さん……これは、その」
柊水の手が伸びる。
火織は、柊水の手が届く前に、手に持っていた着物を近くの箱に押し込むと、柊水の部屋を飛び出た。
「火織さんっ!」
柊水が呼ぶが、火織は自室に逃げた。
自室に戻った火織は、ずるずると壁を背に座り込んだ。
ふと、以前に炎月が訪れた時のことを火織は思い出した。
君は柊水の何なの?と聞かれた時、火織は返答に困った。
自分は何なのだろう。柊水の花嫁として来たが、柊水は花嫁を望んではいなかった。
雨が振り続ける原因を探すため、火織はここにいる。
火織は炎月に居候だと答えた。
ポツポツと優しい雨音が聞こえる。
雨が上がる日は近いだろう。そろそろ柊水も自分のことを考える余裕が出てきたのだろう。
雨が上がって、青空を一緒に見れたら、火織の役目はおしまい。
ふと、片手に何かを持っていたことに気がつく。
手を開くと、柊水に渡そうと思っていた紺色の折り鶴が、ぐちゃぐちゃにつぶれていた。
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