第14話
「煎さん……」
火織が男の名前を呟く。
煎は掴んでいた空を手放し、柊水の後ろにいる火織の元へと近づいた。
火織は後ずさる。
「火織……!!一緒に里に戻るぞ!!」
煎が火織の腕を掴もうと手を伸ばす。
しかし、その手を遮る者がいた。
「ちょっと待ってください」
柊水だ。火織を自身の背中で隠すようにして、煎の前に立った。
「お前……水神の代行者か、出来損ないの」
煎は苛立った様子でそう言った。
出来損ない、という言葉に空や火織は顔を歪める。
柊水は表情を変えることなく、煎を見ていた。
「煎さん、でしたか……。火織さんにはどんな用で?」
「さっき言った通り、火織は里に連れ戻す」
煎はそう言って、柊水を押し退けようとする。
火織は叫ぶようにこう言った。
「私、里に戻る気はありません!!」
煎は火織のその言葉を聞いて顔を歪めた。
「火織さんを里に連れ戻す、というのは里長からの命令なのですか?」
柊水がそう聞く。
煎は即答せず、しばらく間があってから答えた。
「……命令では、ない」
その返答に柊水は眉をひそめた。
「なら、どうして火織さんを里に連れ戻したいのですか?」
柊水がそう聞くと、煎はギロリと柊水を睨み付けた。
「火織を幸せにするためだ」
「……は?」
火織は煎が何を言っているのか理解出来なかった。
柊水も「……どういうことです?」と聞いている。
すると、煎はいきなり柊水の胸ぐらを掴んだ。
「おい、お前!柊水様に向かって何をするんだ!!」
空は煎を柊水から引き剥がそうとするが、柊水はそれを制した。
「火織を……花嫁を望んでいないんだろ?なのに、いつまでも手元に置いておくなんて……!!火織がかわいそうだ!」
煎のその言葉に、火織は怒りの気持ちが沸き上がった。
「違う!!私は、自分の意思でここにいるって決めたの!」
火織がそう言うが、煎は聞く耳を持たない。
ついには、柊水を突き飛ばして火織の腕を掴んだ。
「俺、火織のことが好きなんだ。里に戻ったら結婚しよう」
火織は怒りを押さえきれなくなった。
バシッ!!
「ふざけてるの!?柊水様の元へ嫁いだあの日……里長に言われるがまま、私を縛り上げて運んで置いてきた奴が、よく『結婚しよう』だなんて言えるわね!!」
火織に叩かれた煎は、呆然としていた。
煎は、火織が柊水の元へ嫁ぐ時の輿の運び手の一人であり、戻ってきた火織を、里長に言われるがまま縛り上げ、鳥居の付近まで運んだ人物であった。
「さ、里長の命令に背けるわけないだろう……ひとまず従うしかない……」
煎はごにょごにょと言い訳のような物を言い始めた。
「腑抜け!!それに、好きな人の意見を真面目に聞かないで無理やり里に連れ戻そうとするなんて……!!そんな人と結婚なんてしたくないわ!」
火織は、ここで自分の気持ちを、意思を、煎に伝えなくてはと、強く思った。
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