第11話

翌日の昼頃に、柊水は目を覚ました。


「柊水様、体調はどうですか?」

「良いです。久々にしっかり寝ました……」

そう言う柊水の顔色は確かに随分良くなっていた。火織もホッとする。

空に柊水が目覚めたことを伝えると、すぐに柊水のための食事を用意しに行った。


初めて3人揃って昼食を食べた。

誰もお喋りな性格ではないので、静かな食事だった。

柊水が完食すると、空が「良かった……」と呟いた。

その呟きに気づいた柊水は申し訳なさそうな顔をした。

「すまない、空……。いつも忘れずに食事を用意してくれてたのに、食べない日もあったりして……」

空はぶんぶんと首を横に振る。

「謝るのは私の方です!いくら柊水様が、儀式を止めるなと言っていたからって、こんなに痩せて、倒れるまで止めないなんて、神の代行者に仕える者として、申し訳ないです……!!」

「これからは、気を付けるようにします。でも、もしまた無理しそうになったら、私のことを止めてください、空」

柊水がそう言えば、空は「はい!」と返事した。


「そうだ、火織さん、ありがとうございます。私を止めてくれて。それと、看病も……」

「い、いえ……!今、思い返してみれば、神の代行者様に向かって偉そうな態度しちゃったかな~とか色々思うところがあったり……」

火織が冷や汗をたらしながらそう言えば、柊水はゆるゆると首を横に振った。

「火織さんの伝えたいこと……私にしっかり届きました。確かに私は、自身の力とちゃんと向き合えてなかったと思います」

「柊水様、その件なのですが、倒れる間際に言っていた『怖れ』って……」

「……火織さんに言われて、自身の力に怖れている……というのに心当たりがありました。しかし、よく考えてみると、『怖れ』というより『焦り』ではないかと思いました」

「焦り……ですか?」

柊水は頷く。

「はい。私はいつも焦っていました。水神の代行者に選ばれてすぐの頃は、神から頂いた力がすぐに体に馴染まず、私は『はやく馴染んで、人々の役に立たなくては』と焦っていました。そして、雨を一度降らせたら今度は止めることができず、『はやく止めなくては』と焦っていました。この焦りの気持ちが、上手く術が使えず儀式が失敗し雨が降り続ける原因かもしれないと、火織さんに言われて気づきました」

「確かに、そうですね……。焦り……か」

火織は考え込む。

「火織さん?」

柊水が火織の名前を呼ぶ。

「柊水様、少し確かめたいことがあるのですが……いいですか?」





机の上には湯飲み1つ。

「柊水様、水神の代行者様は、水を自在に操れるだけでなく、水を生み出すことも出来るんですよね?」

「えぇ、そうです」

「あの、この湯飲みを水で一杯にしてくれますか?」

火織がスッと湯飲みを柊水に渡す。

「……わかりました」


柊水が湯飲みを持つと、ゴポゴポと音を立て空っぽの湯飲みがみるみる水で満たされる。

しかし……

そろそろ湯飲みの縁まで水が迫り、そして、溢れ出す。

バシャと畳に水が落ちる。


柊水の顔が強張る。

止めようとするが、止まらない。

湯飲みからどんどん水が溢れ、畳を濡らしていく。


柊水の指先が冷たくなる。

そんな時だ。

暖かいものが柊水の手を包む。


「か、火織さんっ!手が……袖が濡れてしまいます!」

柊水がそう言うが、火織は構わず柊水の手を握っていた。


「大丈夫です。濡れるぐらいどうってことありません!柊水様、大丈夫です」

火織の紅色の瞳が、不安でいっぱいの柊水の青い瞳を見つめる。


「大丈夫です、柊水様。まずは深呼吸をしましょう。ゆっくり、ゆっくり……。焦らなくて大丈夫です」

火織は歌うように「ゆっくり、ゆっくり、大丈夫」と繰り返す。


身体中が強張っていた柊水も、次第に落ち着く。

湯飲みから溢れ出す水の量も段々減り……ついに、止まる。


「止まった……」

柊水は呆然と、そう呟いた。

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