第5話
火織は不思議だなと思った。
さっきまで、寒いと思っていたのに、今は熱くて苦しいのだ。
「はっ……」
火織は目を覚ますと、見知らぬ天井が見えて、ガバッと体を起こそうとしたが、体がだるくてヨロヨロとした起き上がれなかった。
広い部屋だった。
広い部屋に、火織は1人。
火織は自分の頬に触れた。熱かった。
「あんなに雨で濡れたら、風邪もひくよねぇ……」
ぼーっとしていると、襖が開いて、1人の少女が入ってきた。銀髪を空色の紐で1つに括り、少しつり目がちの黒い瞳。目尻に少し朱が塗ってあり神秘的な雰囲気の少女だった。
「あ、目覚めたんですね。どうですか、体調は?」
「だるいです……。あの、ここは?貴女は誰ですか……?」
「私は空と言います。シュウスイ様に仕えている者です。ここは、シュウスイ様の御屋敷です」
「シュウスイ様?」
聞いたことのない名前だ。
誰だろう、とぼんやりとした頭で考えていると、空のひんやりとした手が火織の額に触れる。
「まだ熱がありますね……もう少し寝ていましょう。そうだ、食欲とかありますか?」
「ん……食欲は、普通ですかね……」
「わかりました。ゆっくりお休みください」
空が火織を寝かせ、額に水で塗らした手拭いを置いてくれた。
火織はまた眠りについた。
雨がざあざあ降る音、美味しそうな食事の香り、誰かが火織の頭を撫でる……。
意識がふっと戻る。
「あ、起こしてしまいましたか……?体調は、どうですか?」
起きた火織を申し訳なさそうな顔で見るのは、水神の代行者の青年だ。
「体調は、先ほどより随分良くなったと思います。よく寝たからかな……」
火織がそう言うと、青年は優しく微笑んだ。
「それは良かったです。空がお粥を作ったんです。食欲はありますか?」
火織は頷いた。
朝からほとんど食事をしていなかったため、火織はお粥を食べきった。
青年は火織が薬を飲みきるまで付き添ってくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、しっかり休んで直してください。すみません、まさか貴女があんなことになるとは思わなくって……」
「いえ……あの、助けてくださりありがとうございます。すごく、すごく安心しました」
ペコリと火織が頭を下げると、青年は「……もう寝ましょう。まずは元気にならないと」と言って、火織を寝かせる。
「あの、寝る前に1つ聞きたいことがあって」
「何でしょうか?」
「水神の代行者様のお名前は、シュウスイ様……ですか?」
空が言っていた時は、頭がぼんやりしていて上手く思考できていなかったが、今考えてみれば、シュウスイという名前はきっと、水神の代行者の名前だ。
青年は頷いた。
「えぇ、そうです。私の名前はシュウスイと言います」
「……もう1つ聞いてもいいですか?」
「いいですよ」
「シュウスイって……どういう字で書くんですか?」
「柊に水と書いて、柊水です」
「柊水様……ありがとうございます」
「あの、私からも1つ聞いてもいいですか?」
火織はコクンと頷く。
「カオルさんは、どういう字を書くんですか?」
「火に織ると書いて火織です」
「……火に織ると書いて火織。素敵な名前ですね」
火織も自分の名前を気に入っているので、素敵だと言われて嬉しい気持ちになった。
「では火織さん、お休みなさい。良い夢を」
柊水に頭をそっと撫でられ、火織は安心して眠りについた。
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