第3話

ついに婚儀の日が来た。

朝早くから、火織は白無垢に身を包み、化粧を施される。

そして、里の人々に見送られながら輿に乗って水神の代行者が住む森の奥へと向かった。




「火織、ここからはお前1人で行くのだ」

里長から傘を渡され、火織は輿から降りた。

火織は目の前の、門の様にそびえ立つ大樹を見上げた。

しめ縄が張り巡らされた大樹。ここから先は水神の代行者が住まう場所。



「はぁ……動きにくい。それに……」

1人歩いていた火織は顔をしかめた。

雨で足場が悪くなっている。慎重に歩むが、もうすっかり白無垢の裾には泥がついていた。

そんな時だ。

「あ……」

薄暗い空間に現れた、鮮烈な赤。

鳥居だ。

火織は急ぎ足で鳥居に近づき、そして、一礼してから鳥居をくぐった瞬間……。


「誰ですか?」

男性の声が聞こえ、火織は辺りを見渡す。

木の影からひっそりと、こちらの様子を伺っている青年を見つけた。

「私、火織と申します。里長から、水神の代行者様に嫁入りするようにと言われて……」

火織がそう言うと、青年は眉を潜めた。

「そんな話、聞いてませんが……大体、私は今まで一度も花嫁など望んだことはありません」

「え……」

火織は戸惑ってしまう。

木の影から青年が火織の方へ近づいた。


紺鼠色の着物に、左頬から首筋にかけて水の波紋柄の刺青。

銀髪に憂いを帯びた青い瞳が火織の紅い瞳を見つめた。


(この人が、水神の代行者……)

新たな代行者は青年だ、ということしか知らなかったので、どんな人物かと思えば線の細い美男子だった。


「寒いでしょう。私は花嫁など望んでいませんから、家に帰りなさい」

幼子に言い聞かせるように、青年は火織にそう言った。

「帰っていいんですか?」

「えぇ。……私みたいな出来損ないの所に嫁ぎたい人なんていないでしょう」

青年は自嘲するようにそう言う。

「そんなこと……」

「雨で足場が悪いですから、帰り道お気をつけて」

火織が言いきる前に、そう言われてしまう。


里長からの命令とは言え、嫁入り先である代行者が望んでないなら、帰るしかない。


「あの、申し訳ありませんでした」

「謝る必要はありませんよ。むしろ、謝るのは私の方です。すみません、私が雨を降らせ続けるせいで、里の人々を不安にし、貴女は里長から望まぬ婚姻を言い渡されてしまった……」

「どうして……どうして、雨を止めることができないんですか……?」

火織はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

水神の代行者のことを詳しくは知らないが、会って、少し話してみて、不真面目で仕事を放棄しているわけではないのがわかった。

ならば、何が原因で雨を止めることができないのか?


青年は苦笑した。

「私が……出来損ないだから、ですね」


それ以上、火織は聞くことができなかった。

初対面の人間が、聞ける雰囲気ではなかった。


「そろそろ帰った方が良いかと、指先が赤くなってます。風邪をひいてはいけませんからね」

青年にそう言われ、火織は自分の指先が赤く、冷たくなっていることに気づいた。

「では、失礼します……」

火織は青年に一礼してから、来た道を戻っていく。

チラリともう一度、青年の姿を見た。

今にも消えてしまいそうな、危うい儚さを青年から感じた。


何とかしたいと火織は思った。

だけど、何も思いつかない。

青年のことを知らなさすぎる。


帰ったら、里長に代行者ついて聞いてみようと、そして聞いた上で考えてみようと火織は思った。




ようやく火織はしめ縄を張り巡らされた門のような大樹の近くに来た。


「あれ……里長がいる?」


火織は、大樹の近くに里長と、何人かいた輿の担ぎ手の内、2人がいることに気がついた。


待っていたのだろうか。

しかし、何のために?

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