第2話

この世界を造った神々は、気に入った人間に自分の能力の一部を与え、神々の代わりに世界を治めさせました。

神から能力を授けられ、世界を治める権利を得た人間を、『神の代行者』と呼ぶのです。




「私が、水神の代行者の花嫁……」

火織は呆然とそう呟いた。

「嫁入りは3日後だ。今日は花嫁衣裳の準備のために呼んだのだ。隣の部屋に仕立て屋がいる。おい、案内してやれ」

里長はそう言い、先ほど火織を里長の元へ案内した男が隣の部屋へ火織を連れていった。


そのあと火織は、仕立て屋に言われた通りに着物を慌ただしく脱いだり着たりで、あっという間に夕方になっていた。



「ただいま……」

火織が家に帰ると、父が夕飯を作っていた。

「遅かったな」

「……その、里長から水神の代行者に、嫁入りしろと言われて……そのあと花嫁衣裳の準備をしたりして遅くなったの」

「……その話は、俺も聞いた」

淡々と父はそう言った。それ以上、何も言わなかった。

2人は喋らず黙々と夕飯を食べた。


「疲れた……」

火織は布団の上に倒れ込み、チラリと父の方を見た。

口下手であまり喋らない人だとわかっているが、水神の代行者の嫁入りの話について、何か言って欲しかったなと、火織は思った。


寝る前に火織は、自分の嫁入り先である、水神の代行者について考えていた。


この里が奉る水神の代行者。

1年前、高齢だった水神の代行者が亡くなり、新たな代行者が水神により選ばれた。

しかし、新たに選ばれた代行者は、一度里長に頼まれて雨を降らせてから、雨を止めることができず、この里に一年中、雨を降らせている。

そのせいで、作物が不作。

餓死者が出たり、里の備蓄が尽きる前に何とかしなくてはと、里長は考え、この里で一番の霊力持ちである火織を代行者の花嫁にすることを決めたのだろう。

神の代行者は、霊力の高い娘を好んで嫁にするという話があるのだ。




翌日、里長に言われて、火織が荷物の整理をしていた時だ。


「師匠っ!火織師匠は居ますか!?」

家の外から火織を呼ぶ声が聞こえた。

火織が扉を開けると、1人の少女がそこにいた。

「鈴、どうしたの?」

鈴と呼ばれた少女は火織を見るなり抱きつき、涙を流した。

「か、火織師匠が嫁入りしちゃうって聞いて!本当なんですか?本当に水神の代行者様の所に行っちゃうんですか!?」

「……うん。本当よ」

「そんなぁ!!まだ、火織師匠から教えてもらいたいことがあったのに……!」


火織より3つ下の鈴も高い霊力の持ち主で、火織から邪の者退治の方法を学んでいたのだ。


火織は部屋に鈴を連れていき、お茶を出し、手拭いで鈴の涙をぬぐってあげた。


「あと2日後に嫁入りしちゃうなんて……早すぎですよぉ。里長の馬鹿!」

「鈴、里長の前ではそんなこと言ってはダメだからね」

「わかってますよ!でも……本当に代行者様の所に嫁入りしちゃうんですか、師匠。神の代行者って霊力の高い娘を好んで嫁にして……食べちゃうっていう噂もあるじゃないですか!私、嫌です!今から里長に言いに行きませんか、嫁入りはしないって」

鈴の言葉に火織は首を横に振った。


「里長からの命令だもの、断れないわ。それに……私が嫁入りしないって言ったら、鈴に嫁入りの話が行く可能性が高いわ。私は、そっちの方が嫌よ」

「私は、火織師匠が嫁入りしちゃう方が嫌です……」

「大丈夫よ。水神の代行者は比較的、穏やかな性格の方が多いって聞くから、食べられるということはきっとないわ。私は、鈴が大好きな人と結婚できない方が嫌。鈴は樹君のことが好きなんでしょう?」

鈴の顔がみるみる赤くなる。

「な、なんで樹が好きって……!」

「わかるわよ。鈴ってば顔に思ってることが何でもでちゃうんだから」

火織はクスクスと笑った。


「火織師匠……」

「なに?」

「私に術の使い方、邪の者の退治の仕方を教えてくれてありがとうございました。これからは、私がこの里を守ります!」

鈴が丁寧にお辞儀をすると、火織の頬に涙が伝う。

「鈴……ありがとう。里をよろしくね」


2人はしばらく泣きながら抱き合っていた。

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