雨のち晴れを望む
天石蓮
第1話
薄暗い屋根裏に1人の少女がいた。
少女は息を潜め、何かを探している。
屋根裏の隅、黒い塊がモゾモゾと動いた。
それこそ少女が探していたモノだ。
「火よ、現れよ」
少女がそう口にすると、手のひらから赤い炎が現れ、少女の顔を照らした。
紅の瞳が手の上で揺れる炎を見つめる。
「猫の姿になれ、そして、鼠を狩れ」
炎が猫の姿になり、隅で動く黒い鼠に向かって走り出した。
「ヂッ!!」
炎の猫に噛みつかれた黒い鼠は悲鳴を上げ、そして、サラサラと灰になり消えた。
役目を終えた炎の猫もすうっと姿を消した。
「邪の者を払ったんですけど、コウ君の体調はどうですか?」
屋根裏から降りて来た少女は部屋でオロオロしていた女性にそう声をかけた。
「コウ……!体調は?頭の痛みは?」
「お母さん、頭の痛みがスッと引いたよ!体のだるさもない!」
息子の元気そうな顔を見た母親は安心した表情になった。
その様子を見ていた少女も安堵した。
「火織さん、ありがとうございます!これ、少ないですけど畑で取れた野菜です」
「そんな、いいですよ!食料はどの家も満足にないんですから、そんな貴重な物をこんなに頂けません。コウ君、食べ盛りでしょ?たくさん食べさせてあげてください」
「でも……!せめて1つだけでも持って行ってください」
「……じゃあ、この茄子を1つをもらいますね。私、焼き茄子大好きだから」
火織は茄子を1つ貰い、帰る支度をした。
「それでは、また邪の者関連で困ったことがあればいつでもお呼びください」
「火織さん、本当にありがとうございました」
「かおるお姉ちゃん、ありがとう!」
火織は小さく手を振り、まだ雫が付いている傘をさして出ていった。
今日も桶の水をひっくり返したみたいな雨が降っている。
少し歩くだけで着物の裾や足袋が濡れる。
足にじっとりと張り付いて気持ち悪いと、火織は思った。
早く家に帰ろう、そして、さっさと濡れた着物や足袋を脱いで着替えたいと思った。
急ぎ足で家に向かっているその時だ。
「火織殿!」
誰かに呼び止められ、火織は振り返った。
そこにいたのは、里の長に仕えている男だった。
「火織殿、里長がお呼びです」
「里長が?一体、何の用で?」
「それは、会ってから話すと。私に付いてきてください」
里長からのお呼びだ。断ることなどできない。火織は男の後を付いていった。
男に案内され、火織は里長が待つ部屋へと向かった。
部屋にいた里長は固い表情だった。火織を見つけると、手招きをした。
「おぉ……火織。また、民のために邪の者を払っていたそうだな。どうだ、上手く払えたか?」
「はい。小さな鼠の姿をした邪の者が一匹だけでしたので、すぐに払うことが出来ました」
『邪の者』というのは、人間の負の感情……不安、恐怖、怒り、疑心、妬み、恨み、悲しみ……そういった感情から悪い気が生まれ、悪い気が集まり、今日、火織が退治した鼠のように姿を持つようになったモノを『邪の者』と呼ぶ。
姿を持つようになった邪の者は、人間に害を与えるため、退治する必要がある。
火織は里の中では一番霊力を豊富に持ち、邪の者退治を得意としている。
「……火織、お前には嫁入りしてもらう」
里長は唐突にそう言った。
そして、『嫁入りしてもらう』という言い方を聞いて、火織は、自分に拒否権はないのだということを悟った。
「……私はどこに嫁入りするのですか?」
里長の表情は相変わらず固いままだった。火織はじっと里長の言葉を待っていた。
「この里が奉る水神の代行者の花嫁となれ、火織」
この里に一年中雨を降らせる、出来損ないの代行者の花嫁に、火織は選ばれた。
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