第34話 もう、我慢なりませんでした
そんなヴァイオレットの言葉に、ダッサムは都合の良い解釈をしたらしい。
「そうだヴァイオレット! マナカに魔法を使わせたくないだろう!? ようやく私のもとに戻ってくる気になったか!! 貴様は俺の言う通り働いていれば良いのだ!! あははははっ!!」
愉快そうに目を細めて、そう言うダッサム。
そんなダッサムを押さえつけているシュヴァリエは余りの苛立ちに押さえつける腕に力が入り、「ふげっ、ふげぇっ!」というダッサムの苦しむ声を聞いてゆっくりと力を弱める。
おかしくなったように笑うダッサムを見て悲しそうにするマナカに、ヴァイオレットは「少し待っていてくださいね」というと、ゲホゲホと咳き込むダッサムの前に行き、彼を見下ろした。
「お黙りなさい……この下衆が」
「……ななな!? ふ、不敬だぞ!?」
「……努力もできない、人の能力を認めることもできない。人を言いなりにして偉ぶることしか能のない。そんな殿下にもこうやって好いてくれる人が居たのに、そんな方も大事に出来ないなんて……」
ヴァイオレットはそう言うと、ゆっくりと腕を振り上げる。
「これはマナカ様の分ですわ」
そして、そうぽつりと呟いたのを合図に、ダッサムの頬にバチン!! と平手打ちを食らわせたのだった。
「!?!?!?」
痛みのせいか、まさかヴァイオレットに叩かれるとは思わなかったのか、ダッサムは目を見開くだけで呆然としている。
シュヴァリエは少しスッキリしたような顔をしていて、マナカは余程驚いたのか、涙はピタリと止まっていた。
「殿下、ごめんあそばせ。頬に虫がいたもので、払って差し上げようとしただけですの」
嘘である。もちろん、ヴァイオレットは意図的に叩いたのだが、馬鹿正直にそんなことを言うわけがない。
「はへ? はらら?」などと気の抜けた声ばかりを出すダッサムに、ヴァイオレットは少しスッキリしたのか、ふぅ、と息を吐き出してから、再びマナカのもとへと歩き出す。
萎縮させてしまわないように再び両膝を床につけてマナカを見上げれば、ヴァイオレットは穏やかな声で話し始めた。
「改めてごめんなさいマナカ様……もっと私がしっかりしていれば、こんな悲しい思いをさせずに済んだのに」
「ど、うして、ヴァイオレット様が謝るのですか、私、酷いことを……っ、自分のことで頭が一杯で、私……! ダッサム様に言われて、貴女に嫌がらせされたって、嘘をついて……」
「ええ。もう良いのですよ。それに関しては疑いは晴れていますし、恋とは盲目なものだということも、今なら分かりますから」
愛おしいシュヴァリエのことを思い浮かべてから、ヴァイオレットの脳内には後悔が浮かぶ。
そしてこのとき初めて、ヴァイオレットはマナカに勉強を勧めた理由を話し始めた。
「マナカ様、私がときおり貴女に勉強を勧めたのは、この世界で生きていかなければいけない貴女に、少しでも力を付けてほしかったからなのです」
「え……」
「いくら聖女の力があろうと、最低限の知識やマナーを身に着けていなければ、いざというときに貴女が苦しむこともあるかもしれないと思ったから。当時はダッサム殿下が傍に居ましたが、あのとおり彼は頼りになりません。ですから、私は……」
「ヴァイオレット様……そんなふうに、考えてくれていたんですか……?」
ヴァイオレットはコクリと頷く。
異世界という孤独な場で、ダッサムに依存するマナカ。ヴァイオレットは、そんな彼女の気持ちが分からないでもなかった。
きっと誰だって、知らない場所に突然やってきたら不安で、始めに優しくしてくれた人に懐くものだと思うから。
けれど、ずっとおんぶに抱っこでは生きていけないだろう。
だからヴァイオレットは、マナカが少しでも誰かに利用されたり、悲しい思いをしたりしないように、知識を得てほしいと思ったのだ。
「そんな……っ、ヴァイオレット様は、意地悪なんかじゃなくて、誰よりも私のこと、考えていて……っ、それなのに、私は……っ……ごめ、なさい、ごめんなさい……っ」
罪悪感が溢れ出したのか、マナカの瞳には再び涙が溢れ出す。
ポタポタポタと落ちる涙はドレスを濡らし、ヴァイオレットはそんなマナカを、力強く抱き締めた。
「……マナカ様、もう良いのです。大丈夫、大丈夫ですから」
「うっ……ううっ……」
嗚咽を漏らす度に揺れるマナカの体。ヴァイオレットはそんなマナカの背中を優しく撫でながら、優しい声色で問いかける。
「ねぇ、マナカ様。良ければ私と友達になってくださいませんか?」
「……っ?」
「私、これでも勉強やマナー、薬についてはそれなりに知識があります。ですから、色々とマナカ様の助けになれると思います。……だってほら、友達同士は助け合うものですから」
ヴァイオレットの提案に、マナカは涙でぐちゃぐちゃになった顔で、小さく笑みを浮かべた。
そして、掠れた声で「ありがとう」と言ったマナカに、彼女の本来の美しい心がダッサムに侵されていなかったことだけは救いだとヴァイオレットは安堵した、のだけれど。
「何だ貴様たちのその茶番はぁぁぁ!!!! ヴァイオレットを連れ戻すために、力を使えマナカァァァ!!」
時間を置いたことで我に返ったのか、突然大声を上げるダッサム。
ヴァイオレットはマナカを抱き締めたまま鋭い目つきでダッサムを睨み付けると、シュヴァリエが動いた。
「お前……そもそもいい加減にしろ」
「ぃぃてててててててっ……!!」
ダッサムの腕を捻り上げたシュヴァリエは、優しい瞳でヴァイオレットに一瞥をくれてから、再び冷酷な瞳をダッサムに向ける。
そして、シュヴァリエは腰を折ると、ダッサムの顔に自身の顔を近づけた。
「愚かなお前に、一つ良いことを教えてやろうか」
「いっ! いい、こと、だと……?」
「さっきお前は、聖女の力を使って、集団魔力酔いを起こすと言ったな? そのことだが──分かったか?」
「………………へ?」
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