第32話 話が通じません
ハイアール王国に戻ってこいと言ってくるのは、予想済みだった。
だが、流石に謝罪の一言くらいあってからだろうと思っていたというのに。
「くくっ……ヴァイオレット、あまりに即答過ぎないか」
「……笑わないでくださいませ、シュヴァリエ様。そもそもこう言ってくることは予想済みですし、答えは決まっていました。それに形だけの謝罪もできないような殿下に、他に何を言えば良いのでしょう」
バッサリ断ってみせたヴァイオレットにシュヴァリエは喜びを露にし、ヴァイオレットはダッサムに対して呆れたと言わんばかりの目を向けた。
「なっ、なっ!! 何だと!! せっかく私の妻にしてやるというのに!! 不敬だぞ!!」
「不敬はどちらだ。ヴァイオレットはもう既に俺の婚約者だ。求婚するだけで愚かなのに、よく俺の前で言えたものだな」
「そっ、そっ、それは〜〜!! と、というか、私がヴァイオレットを連れ戻しに来たことを予想済みだと!?」
ダッサムは顔を真っ赤にし、眉毛を吊り上げて立ち上がると、ヴァイオレットを睨み付ける。
おろおろしっぱなしのマナカに若干同情しつつ、ヴァイオレットはハァとため息を漏らした。
「父からの手紙で、ダッサム殿下が今どのような立場におられるか存じています。謝罪というのは名目で、私を連れ戻しに来たのだろうということも想定済みのことです」
「ぐぬぬっ!! ……本当に可愛くない女だな貴様は!!」
言わせておけば、今度はヴァイオレットに対する暴言である。
ヴァイオレットは言われ慣れきっているものの、シュヴァリエは許せないのか額に青筋が浮かぶ。
ヴァイオレットはそんなシュヴァリエの手にそっと自身の手を重ね、「大丈夫ですわ」と微笑んでみせた。
「何とも思っていない相手から何を言われようと、それは戯言ですもの」
「……分かっているが、貴女があんなふうに言われるのは腹が立って仕方がないんだ」
「……っ、シュヴァリエ様がそう言ってくださるから、私は本当に平気なのです」
「ヴァイオレット…………」
「って、おおおおいっ!! 二人の世界に入るんじゃない!!」
どこか甘い雰囲気を醸し出す二人を止めたのは、ダッサムの叫び声だった。
どこか恥ずかしそうにするヴァイオレットは「ゔ、うん」と咳払いをし、シュヴァリエは小さく舌打ちを打つ。
(いけませんわ……シュヴァリエ様に愛しているなんて言われたとはいえ、舞い上がっていては……)
そう思うと同時に、ヴァイオレットはさっさとこの話し合いを終えてしまおうと、ダッサムに向き直った。
「そもそも、先程私に王太子妃の座をやろうなどと仰っていましたが、マナカ様はどうなさるおつもりだったのですか? 殿下はマナカ様を深く愛していらっしゃって、新たな婚約者として迎え入れたはずでは?」
まだヴァイオレットがダッサムの婚約者だった頃、突然王宮に召喚された異世界人──マナカ。彼女の登場に聖女様が現れたのだと周りは歓喜した。
そんな中でも、マナカを一番気にかけたのはダッサムだった。公務をヴァイオレットに押し付けて暇だった彼は時間が許す限りマナカに会いに行き、様々なプレゼントをしたり、甘い言葉を囁いていたのをヴァイオレットは知っている。
──ああ、これが恋なのか。
当時のヴァイオレットは、ダッサムを見てそんなことを思ったものだ。マナカもダッサムに心惹かれているのは火を見るよりも明らかだったし、二人は心から求め合う両思いというやつなのだろう。
だから、いくら自分が王になるための手段とはいえ、ヴァイオレットを妻にすればマナカは良くても側室になってしまう。もちろん、それでも愛を育むことは可能だろうが、二人はそれで良いのだろうか。
(いえ、そもそも私はダッサム殿下のもとには戻らないのだけれど)
何となくダッサムとマナカの恋心の行方が気になって、ヴァイオレットは問いかけた、のだけれど。
「こいつは妃の器ではない。マナーも勉強もてんでだめ。こんな女を妻にしたら俺の品格まで落としかねないだろう」
「なっ……」
いくら何でもなんて言い草なのだろう。ヴァイオレットがダッサムに言い返そうとした、その時だった。
「いくら何でも酷いです……! この世界に来て、私がマナーや国の歴史なんかを学ぼうとしたとき、そんなものは不要だから勉強するなと言ったのはダッサム様じゃないですか!」
「「……!?」」
マナカの発言に、ヴァイオレットとシュヴァリエは目を合わせる。
ダッサムがヴァイオレットに婚約破棄をした際、その理由の一つにマナカに勉強をするようグチグチ言ったことが挙げられていた。
実際、ヴァイオレットは王宮内でマナカに会ったときに、何度か勉強をすることを勧めたり、そのための教材や、人員の手配なら協力するからと話しただけなのだが。
だというのに、ダッサムがマナカに敢えて学ぶことをするなと言ったのはどうしてなのだろう。
(……! ま、さか……)
長年ダッサムの婚約者だったヴァイオレットにはそのとき、一つの考えが浮かんだ。
しかし、いくら何でもそれはないだろう。流石のダッサムだって、そんなことはしないはずだ。
ヴァイオレットはそう思ったから、いや、そう信じたかったから──。
「あの……確認ですけれど、ダッサム殿下はマナカ様のことを愛していらっしゃるのですよね? だから、マナカ様のことを新たな婚約者になさったのですよね?」
だというのに、ヴァイオレットの問いかけにダッサムは悪びれた様子一つもなく、あっけらかんと言い切るのだった。
「何を言ってるんだ? 私は自分よりも学がなく、何でも言いなりになる女を妻にしたかったのだ」
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