第30話 シュヴァリエの本音はこうでした
ダッサムとマナカが来るまで読書をしていたヴァイオレットは、思いもよらぬシュヴァリエの発言に本をぽとりと落とした。
それを拾う余裕もなくヴァイオレットがシュヴァリエを見つめていると、彼は扉を閉めてこちらに向かって歩いて来る。
(わ、私がダッサム殿下を好き……!? な、何で……? それにシュヴァリエ様、何だか……怖い)
まるで獲物を狙う獣のような、それでいて大切なものを無くしたばかりのような瞳に恐怖を覚えたヴァイオレットは、一度立ち上がった体を再びソファへと沈ませた。
被食者になったような感覚に陥り、足腰に力が入らなくなったからである。
「ヴァイオレット、どうして何も言わないんだ」
「……っ」
シュヴァリエはどんどんと近づいてくると、ついにはソファに片膝を乗せて、ソファの背に片手を突くようにしてヴァイオレットを見下ろした。
「な、何故……そんなふうに思われたのですか」
そんな中で、ヴァイオレットは必死に言葉を紡ぐ。
シュヴァリエのことは怖かったけれど、何の理由もなく彼がこんなことを言うとは到底思えなかったから。
もしもそんな勘違いをするような何かがあるなら、それを聞いてしっかりと訂正をしなければと、思っていた、そのとき。
「以前貴女は、公爵家にダッサムが乗り込んできたとき、心配していたな」
「……! ですからそれは──」
ヴァイオレットの言葉を遮るように、シュヴァリエは話し続けた。
「それに、この前あの男から手紙が届き、それを共に読んでいるとき、何とも嬉しそうな様子で手紙を持っていたではないか」
「……!」
「口では何と言っても、手紙が来るとあんなに嬉しそうな顔をするくらいに、ヴァイオレットはダッサムが好きなのではないのか」
やや早口で話すシュヴァリエの声は地面に響きそうな程に低く、重たい。それに、そんな声を向けられるのは恐ろしい。
けれど、好きな相手にこんなふうに誤解されるだなんて、ヴァイオレットは絶対に嫌だったから──。
(違う……! 違う私が好きなのは)
ヴァイオレットは小さく息を呑むと、震えている唇を僅かに開いた。
「私は、シュヴァリエ様が──きゃあ……っ」
しかし、その言葉も遮られてしまう。だが、先程と違うのはシュヴァリエの言葉によるものだからではなく、両手首を掴まれた状態で、ソファへと押し倒されていたからだった。
男性に押し倒されるなんて経験はない。それに、普段鍛えているシュヴァリエの手から、そして二倍近くはありそうな彼の体格から逃れる術など、ヴァイオレットは知らなかった。
「……っ、シュヴァリエ様……! やめてっ、何をなさっ──」
ヴァイオレットは、動揺を孕んだ声でシュヴァリエに抵抗の意思を告げた、のだけれど。
「──りだ」
「えっ……?」
今にも泣き出しそうな顔のシュヴァリエに、ヴァイオレットはピシリと固まる。そして。
「俺は、貴女の笑顔を見るためなら、貴女がしあわせになるためなら、何だってしてやりたいと思う。だが──他の男の所に行かれるのは、無理だ……っ」
「……っ、シュヴァリエ様、あの」
「行かないでくれ……ヴァイオレット……っ、あんな奴のところに、行かないでくれ……!」
切羽詰まった、縋るようなシュヴァリエの声。
大丈夫だよと安心させてあげたくなる一方で、彼から紡がれる言葉たちに、ずっと聞いていたくなるのは、醜い恋の感情からなのだろう。
(……そんなふうに言われたら私、貴方も私のことを好いていてくれていると、自惚れてしまいそうです)
けれど、今は何より誤解を解かなければいけない。
ヴァイオレットは言葉よりも先に体が動いて、弱くなった拘束から抜け出した右手を、シュヴァリエの左頬にそっと添わせる。
そして、瞠目するシュヴァリエを見ながら、ヴァイオレットは穏やかな声色で口にした。
「シュヴァリエ様、落ち着いて聞いてくださいませ。まず、私はダッサム殿下のことがこれっぽっちも好きではありません。これっぽっちもです。どころか、正直なところ嫌いですわ」
「……っ、だが……」
「公爵家に乗り込んできたダッサム殿下が倒れたときに傍に寄ったのは、あのときにも言いましたが、私が薬師だからです。薬で対応しなければならない傷などないかと、見ていただけですわ。それと、手紙を読んでいたときの件ですが──」
ヴァイオレットはそこで、自身の頬に熱が集まるのが分かる。
これを言うこと即ち、自身の気持ちを吐露することとほぼ同じことだから。
「嬉しかった、のです」
「……? 嬉しい? 何がだ」
「……私のことを、ダッサム殿下には絶対に渡さないと、仰ってくださった、から……」
「……!」
目の前にある、驚いたシュヴァリエの顔。落ち着きを取り戻したのだろう彼の瞳を見ても、もう恐怖は感じない。ヴァイオレットは、そっと彼の頬からは手を下ろした。
けれど、ヴァイオレットは自身の発言に恥ずかしくなって、彼が口を開く前に先手を打った。
「そ、そもそも! あ、あのような言い方をされたら、まるでシュヴァリエ様が私のことを好いているように聞こえますわ……!」
心臓は激しく高鳴っているのに、どこか冗談交じりのように軽く口にしたそんな言葉。
シュヴァリエは何て言い返してくるのだろう。そんなヴァイオレットの疑問は、直ぐ様解かれることとなった。
「──そうだ。私はヴァイオレットのことが好きだ」
「………………。えっ、う、そ……」
「本当だ。貴女があの男の婚約者だった頃から、俺はヴァイオレットを愛している
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