第27話 理由はダッサムだからで十分です
◇◇◇
一方、その頃ダッサムは──。
「クソォ!! 終わらぬ!!」
謹慎や、一日中缶詰で勉強をする日々を終えたダッサムだったが、待っていたのは今までのような自由な日々ではなかった。
「おい!! 誰か手伝え!!」
たとえ第二王子のナウィーが王に即位するかもしれないという噂が流れたとはいえ、今までダッサムに回されていた公務が無くなるわけではない。
だから、今まで通り、ダッサムは公務をこなさないといけないわけだが──。
「おい!! 聞こえないのか!! 誰でも良いから手伝えと言っている!!」
テーブルに拳を振り下ろすダッサムに、マナカは大きく肩をビクつかせる。
ダッサムがこうやって執務室で大声を上げるのは今回が初めてではなかった。
最初の頃は、ダッサムの声を聞いて一部の家臣がダッサムの手伝いをしに来てくれていたものだ。
だが、それは二日、三日経つに連れて減っていった。
皆、ダッサムの不出来さがまさかここまでだとは思わなかったのである。それに、ダッサムの横柄過ぎる態度に、皆辟易していったのだ。
今やもうダッサムの執務室には本人と、マナカの姿しかなく、彼は完全に家臣からも見放されていたのだった。
「……っ、何故誰も来ないんだ!! 王子である私が命じているというのに!! 私の仕事を手伝えるなど、名誉なことだろうが!!」
ダッサムの手元には、一切処理されていない大量の書類が積まれている。
水路の整備や、税に関すること、貿易関係等々。今まで王族としての教育を受け、公務をこなしてきた者ならば、それは特筆して難しいものではなかったのだけれど。
(全く……まっっっったく分からん!!)
ダッサムは今まで、自分に回ってきた仕事の殆どをヴァイオレットに任せていた。
ヴァイオレットはその度に「ご自分でもなさらないと」とか「お教えしますから殿下も是非……」と言ってきていたが、結局のところダッサムがしなければヴァイオレットが必ず処理してくれていた。
ヴァイオレットは可愛げはないが、勉強やマナーに関することだけは完璧だったので、ヴァイオレットが代わりに仕事をすることにダッサムは不安はなかった。
どころか、可愛げがなくて口煩いヴァイオレットには、仕事を与えてやるくらいで丁度いい。それに、次期王の妻になるなら王を支えるのが仕事であり、それは義務であるはずだ。
ダッサムは、そう思っていたくらいだった。けれどその考え方が、ヴァイオレットに任せきりにしていた事実のつけが、今回ってきていた。
「……チッ! おいマナカ! お前が代わりに仕事をしろ! そうじゃないと仕事が終わらんだろうが!! 終わらせないと……ナウィーに王の座を奪われてしまうんだぞ!? 私の婚約者ならば少しは役に立て!」
「そ、そんな難しいこと、私には……っ、だって、殿下は──」
「ハァ!? この役立たずが!! 将来国母となる身としてこんなことも出来ないとは……ふざけるな!!」
そのとき、頭に血が上ったダッサムは素早く立ち上がると、お茶を準備しているマナカのもとへ向かう。そして──。
──バチン!!
「きゃあっ……!!」
ダッサムはマナカの左の頬を思い切り叩くと、荒い鼻息のままに倒れた彼女を見下ろす。
マナカは床に倒れたまま、涙で歪む視界でダッサムを捉えていた。
「クソォ……! 本当に役立たずばかりだ……!」
「……っ、ごめ、なさい、ダッサム様……っ」
マナカから謝罪の言葉を聞いても、一向に苛立ちは消えそうにない。
終わらない仕事、手伝ってくれない家臣たち、役に立たないマナカ、このままでは弟に王位を奪われる焦燥感。どうしたら、この状況が変わるのか、どうしたら、自分の思い通りに行くのか。
ダッサムはマナカを見下ろしながら、足りない頭で考える。
「……何だ、そうか」
すると、ダッサムには一つの考えが思い浮かんだ。
「ヴァイオレットを連れ戻せば良いのか」
──そう。答えは、とてもシンプルだったのだ。
「ダッサム、様……?」
「そうか! ハハハハッ!! 簡単なことじゃないか! あいつを連れ戻して仕事をさせればいい! 陛下や多くの貴族はあいつのことをやたらと気に入っていたから、連れ戻せばさぞ喜ぶことだろう! そんなヴァイオレットを再び私の婚約者にしてやれば……きっと、きっと私が王に──」
問題はどうやってヴァイオレットを連れ戻すかだ。公の場で婚約破棄を告げ、今はシュヴァリエの婚約者になっているため、戻ってくるよう文書で命じても、従わないかもしれない。
(仕方がない……この私自らが、戻ってくる席を用意してやると言ってやるか)
しかし、どうだろう。婚約破棄の際、そして公爵家に乗り込んだときのシュヴァリエの様子から考えるに、リーガル帝国に赴き、直接ヴァイオレットに会うことは可能だろうか。
そもそも、リーガル帝国に赴くことを国王が許してくれるかも怪しい。
(ああ、そうか。陛下にはヴァイオレットとシュヴァリエの奴に直接謝りたいから、リーガル帝国に行かせてくれと言えば良いのか)
そうすれば、おそらく国王からは許しが出るだろう。「やっと改心したのか!」なんて言いながら喜ぶ姿が目に浮かぶ。
友好国の王子が直接謝罪に出向きたいという旨の書簡に国王からの一筆も入れてもらえれば、リーガル帝国側も無碍にはできないことだろう。
(いや〜流石私だ! 王になるべく生まれてきた私は天才だな!!)
しかし、まだ懸念はある。ダッサムの言葉でヴァイオレットは果たして確実に戻ってくるだろうか、ということだ。
(過去のヴァイオレットならばともかく、もう婚約者ではないからな……。私が謝り、戻ってきてくれと頼んだところでヴァイオレットが言うことを聞く保証はない、か)
しかし、ダッサムが王に即位するために残された唯一の道は、ヴァイオレットを連れ戻すことだ。そのために、不安材料は出来るだけ消してしまいたい。
そう考えたダッサムは、何か良い方法はないだろうかと、無い頭を働かせる。
(ハッ……!)
そのとき、視界に映ったマナカを見て、ダッサムはとあることを思いついた。
「おいマナカ、喜べ!! お前にもあったぞ!! 私のために出来ることが!!」
「えっ……?」
「はははっ。そうだよな、お前は異世界から転生してきた聖女だもんな。……ククッ、その力……王となる私のために使わなくてはなぁ?」
「な、何、をすれば良いんですか……?」
厭らしい笑みを浮かべるダッサムに、マナカの背筋はゾゾッと粟立つ。
「マナカは大切な協力者だ。お前にだけは教えておいてやろう。もしも、ヴァイオレットが私の要求を拒んだときは──」
「…………!?」
直後、ダッサムが語るその作戦とやらに、マナカの顔は生気が無くなったかのように真っ青に染まる。
そんなマナカは、愉快そうに笑みを浮かべているダッサムを見て、一筋の涙を流した。
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