第26話 洞窟で二人きりのとき、自覚しました
「シュヴァリエ様!? 急に何を……!?」
六つに割れた腹筋に、剣技により鍛えられたのだろう二の腕。手首にかけて血管が浮き出ており、無駄な脂肪がないために蠱惑的な鎖骨が浮かび上がっている。
それだけでも、男の体なんて見たことがないヴァイオレットにはとんでもなく刺激的だと言うのに。
(あっ……あああ!!)
髪の毛から滴る雨粒がシュヴァリエの胸辺りに落ち、それが彼の臍に伝う姿は何とも煽情的であり、ヴァイオレットはこれ以上見てはいけない、と両手で目を覆い隠した。
「ヴァイオレット……? どうして目を隠しているんだ」
「……うっ、シュヴァリエ様のせいですわ……! シュヴァリエ様が悪いのですわ……っ!」
「……? ああ、済まない。突然脱いだから驚かせてしまったんだな。雨に濡れた服が肌に貼り付いているのがどうにも気持ち悪くて脱いだんだが──」
そこまで言ったシュヴァリエだったが、続く言葉が聞こえてこない。
(あ、あら? 何かあったのかしら……?)
視界を塞いでいるため分からないヴァイオレットだったが、もしかしたらシュヴァリエの身に何かあったのだろうかと不安になる。
降り続く雨粒の音に、ゴゴゴ……と休む間もなく聞こえていくる雷鳴の音。──天候と、そしてヴァイオレットが足首を怪我したせいで小さな洞窟の中に二人きりなわけだが、もしも他のトラブルがあったのならば、迅速に対応しなければならない。
(よ、よし、手を退けてみましょう……!)
だから、ヴァイオレットは勢い良く手を退けて、視界を開いたのだが。
「……ふっ、やっと手を退けたな」
「……!? シュヴァリエ様……っ!?」
「……色っぽい目をしている。俺の体を見て色々想像したのか?」
「〜〜っ!?」
洞窟の壁に凭れ掛かるようなヴァイオレットに対して、地面に片膝を突いてぐいと顔を近付けてくるシュヴァリエ。
驚き、そして羞恥からヴァイオレットは目にも留まらぬ速さで、再び視界を閉ざしてしまおうと両手を素早く動かした、のだけれど。
「こーら」
その手はいとも簡単にシュヴァリエによって捕らわれてしまったのだった。
「……っ、て、手を離してくださいまし……!」
「だめだ。また顔を隠すんだろう? 足首の怪我もそうだが、雨に打たれて体調が悪くなる可能性があるから、しっかりと顔は見せていてくれ。心配になる」
「〜〜っ、分かりました! では、目を瞑らせていただきますね!」
これなら顔は隠していないし、雨が滴る蠱惑的なシュヴァリエも、鍛えられた肉体美も見なくて済む。
(ふふ、これならば文句はないはずですわ……!)
どこか得意げにそんなことを思ったヴァイオレットだったのだが、自身の行動が間違っていたと知るのは、すぐ後のことだった。
「こんな状況で目を瞑るなんて、ヴァイオレットには警戒心が足りないな」
「……?」
「……キスをされても、文句は言えないと思うが」
「なっ、なななな……っ!?」
シュヴァリエにこんなことを言われてしまえば、普段の冷静で聡明でヴァイオレットの姿はなかった。
ヴァイオレットは目を見開き、頬を真っ赤に染め、眉尻をこれ以上ないくらいに下げ、口をパクパクと動かすことしか出来なかったのだから。
「……ふっ、済まない。やりすぎたな。今のは忘れてくれ。……結婚したら、毎日するから今は我慢する」
「は、はいっ!?」
またもやとんでもない発言をするシュヴァリエに、ヴァイオレットの胸から心臓が飛び出そうになるくらいに激しく脈を打った。
「はは、落ち着け。……とりあえず、雷が落ち着くまでは何か適当に話をしよう。その方がヴァイオレットも気が紛れるだろうしな」
「……!」
その言葉を聞いたヴァイオレットは、もしかしたら一連のシュヴァリエのとんでもない発言は、余計なことをぐるぐると考えなくてもいいように、という考えのもとだったのではないかと思った。
(確かに、洞窟に避難してから一人でぼんやりと出来る時間があったら、怪我をして迷惑をかけてしまったことを考えてしまっていたかもしれない……)
シュヴァリエの言動には、いつもヴァイオレットに対する気遣いや優しさが含まれている。
そのことを知っているヴァイオレットは、敢えて口に出して礼を言うことはしなかったけれど、シュヴァリエの優しさを感じて、また彼のことが──。
(……あっ、もうだめだわ、私……)
考え事をするには邪魔になるほどの雨粒と雷鳴の中でも、とあることがはっきりとしたヴァイオレットは、右手を口元へ持っていった。
「ヴァイオレット、足首の怪我は大丈夫か? 帰城したら直ぐに手当をするからな」
──隣に座ったシュヴァリエの心配そうな声も。
「それにしても、ヴァイオレットはやっぱり凄いな。セーフィルを完全に見分ける方法が分かるなんて」
──まるで我がことのように喜び、褒めてくれるところも。
「聡明で、頑張り屋で、それなのに、誰にもいばらず皆に優しくて……とても可愛いのに、物凄く綺麗で……そんな貴女を妻に出来る俺は、本当に幸せものだ」
──配偶者選びなんて関係がないのだと、心の底から本当に求めてくれているのだと、錯覚してしまうようなそんなセリフも。
(……もう、私って、本当に馬鹿よね……)
何度も何度も、期待してはいけないと、自身の気持ちに気づかないふりをした。
本当はかなり前から、この感情はヴァイオレットの中に芽生えていたというのに。
「……シュヴァリエ様──です」
「……ん? 何か言ったか?」
「…………ええ。──褒め過ぎです、と」
ぽつりと呟いた声を掻き消してくれた雨粒と雷鳴に、ヴァイオレットは心の中で感謝した。
自覚した途端、まさか口に出てしまうだなんて──。
(シュヴァリエ様、好きです)
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