第25話 一難去ってまた一難でした
地面には大量の薬草が生えている。
ヴァイオレットとシュヴァリエ、それと何人かの部下たちは、薬草をじっと見るためにしゃがみこんだ。
「シュヴァリエ様、薬草に触れる際は、必ず手袋を付けてくださいね」
「ああ、分かった」
「それにしても、薬草の匂いがかなりきついですね……」
採集場所一帯には薬草の匂いが充満しており、正直セーフィルかその他の薬草かを確認する一つの方法として、嗅覚は役に立たなそうだ。
それならば見た目で判断するしかなく、ヴァイオレットは薬草を手に取ると、じっと目を凝らすのだけれど。
「おそらく、右手にあるのがセーフィル、左手にあるのは腐敗効果のある薬草で、間違いないと思うのですが……」
「……そう、だな。俺にもそう見えるが……」
腐敗効果のある薬草と言っても、触れたものを直ぐに腐敗させるわけではないので、その場で一回試してみることは叶わない。
かと言って、薬草一つ一つを別の籠に入れることも出来ず、ここでの選別はかなり慎重になるわけだが──。
「……あっ」
もう少しだけ決め手がほしい。何かないだろうか。ヴァイオレットがそう考えていると、隣のシュヴァリエから上擦った声が漏れたので、そちらを見た。
「シュヴァリエ様、どうかされましたか?」
「とりあえずいくつか薬草を手に取ってみようかと思ったんだが、一枚葉が裂けてしまってな。葉が裂けてしまっても調合は可能なのか?」
「ええ。裂けた状態だと保管期間は短くなってしまいますが、早めに使うなら全く問題ありませ──あ!!!!」
「……! どうした、ヴァイオレット」
突然大きな声を上げたヴァイオレットに対して、シュヴァリエは目を見開く。
「……これ、これ、ですわ……」
ヴァイオレットはぽつりと呟くと、シュヴァリエが手に持っている裂けた薬草にぐいっと顔を近付ける。
そして、今度はシュヴァリエに顔をずいと近づけると、嬉しそうに微笑んだ。
「シュヴァリエ様……! シュヴァリエ様のお陰で、セーフィルか否かを確実に選別することができますわ!」
「……!? どういうことだ?」
「簡単でしたの! 葉を裂いてみれば良いのです!」
「敢えて裂く、ということか?」
「はい! 見てください! これ!」
ヴァイオレットは、シュヴァリエの手にある裂けた葉の断面を指差した。
「この蜘蛛の糸のような繊維が見えますか? これが、セーフィルである証拠なんです!」
「!」
「失念していました……調合するときにすりつぶした際、セーフィルの葉には繊維が異常に多いことには気づいていましたのに……選別方法に役立つとは思っていませんでした」
それからヴァイオレットは、地面に生えている薬草の中から、セーフィルではないと思われる薬草を手に取る。
そしてその葉をビリっと裂くと。
「……! 本当だ。こちらには全く繊維が見えないな」
「はい! 葉を一枚破いて確認すれば、セーフィルか否かは分かります! これなら、間違えることなく、セーフィルだけを調合室に持ち帰ることができそうで──きゃあっ」
その時だった。喜ぶヴァイオレットだったが、突然シュヴァリエに抱き締められたことで、頭の中は彼のことで一杯になった。
「本当に凄いな、ヴァイオレットは……」
「シュヴァリエ様……っ! 皆が、皆が近くに居ますわっ! というか見られていますわ……! 恥ずかしいですから離してくださいませ……!」
「ほう? つまり、皆が居ないなら抱き締められても別に構わないということか?」
「……!?」
いや、確かにシュヴァリエに抱き締められるのは嫌じゃない。
鍛え上げられた身体に包みこまれるととても安心するし、離れがたくもなったりするわけだが──。
「と、とにかく日が暮れる前に採集しませんと……! 抱き締めるのは後ほどにしてくださいませ……! ……え!? 私今何て……っ!?」
とにかく人前では安心感よりも羞恥心のほうが遥かに上なので、是が非でも離してもらおうと思ったわけだが、どうやらヴァイオレットは激しく動揺していたらしい。
おかしなことを口走ってしまったことを自覚したときには、もう時既に遅しだった。
「……分かった。ではまた後で、思う存分抱き締めさせてもらう」
「……!? い、いえ、あの……」
どこか意地悪く微笑むシュヴァリエに、顔を真っ赤にして狼狽えるヴァイオレット。
──ああ、リーガル帝国は安泰だな。
周りの従者や騎士たちはヴァイオレットたちを見てそんなことを思いながら、各々の仕事に精を出した。
──しかし、規定の数のセーフィルの採集が終わった直後のこと、とある問題が起こったのだった。
「お前たち! 雨が降ってきたからさっさと引き上げるぞ!!」
「「「はっ!!!」」」
リーガル帝国の北部は、この国の中でも一番天候が変わりやすいと言われている。
そのため、つい五分ほど前までは晴天だったというのに、気が付けば大粒の雨が降り注いで来ていた。
天候が変わりやすいとはいえ、この雨がいつ止むかは分からない。だから、雨だけならば動いても危険性は少ないだろうと考えた一行は、城に戻ろうという結論を出したのだけれど。
「ヴァイオレット、おいで。雨で地面が泥濘んでいるから、気を付けてくれ」
「はい……!」
シュヴァリエにそう言われたヴァイオレットは彼の手を取ると、足元に気をつけながら森の出口に向かって歩き出す。
(凄い大雨だわ……視界が……)
しかし、まだ日は暮れる時間ではないはずなのに、分厚い雲に覆われた空からは陽が差さず、不気味な暗さを孕んでいる。
直ぐ側にシュヴァリエがいること、周りには従者や騎士たちがいることから、それほど恐怖はなかったが、大きな雨粒のせいで視界が悪く、また地面の泥濘のせいで思うように進めない状況はあまり良いものとは言えなかった。
(大丈夫、大丈夫よ……! この辺りで土砂崩れが起きた記録は残っていないし、もう森の出口まで半分のところまでは来ているはず。一本道に入れば遭難する危険もないし、きっと、大丈夫)
それでも、冷静に分析することでヴァイオレットは自身の中の不安を拭うと、足手まといにならないように必死に足を動かす。
しかしそのとき、ピカッと光った空に、ヴァイオレットは頭上を見上げた──そのとき。
──ドカーン!!
「きゃあっ……!!」
咄嗟に耳を塞いでしまうほどの激しい雷鳴に、ヴァイオレットは驚いて足を滑らせ、シュヴァリエの手から離れて地面に尻餅をついた。
(……っ、いた……っ)
シュヴァリエが大丈夫かと確認してくる中、ヴァイオレットはコクコクと何度も頷く。しかし、左足の足首に感じるズキズキとした痛みに、表情を歪めた。
「……っ、お前たち! 雷が近い! 少し行ったところに大きな洞窟があったはずだから一旦そこに避難するぞ!!」
「「「はっ!!」」」
「ヴァイオレットも、怖いだろうが早く避難を──。ヴァイオレット……?」
避雷針となり得る高い木が生い茂ったこの場所は危険で、早く退避しなければならないことを聡明なヴァイオレットはしっかりと理解している。
だから、今は痛みなんて我慢して立ち上がらなければ、と思うのだけれど。
「……っ、申し訳ありません、シュヴァリエ様……その、立てません……っ」
「……! どこか怪我をしたのか……!?」
「さっき、足を滑らせて……左の足首を捻ってしまった、ようで……申し訳ありません……っ」
こんな一大事だというのに、怪我をする自分が情けない。
シュヴァリエはもちろん、心配の目を向けてくれる家臣たちにも迷惑をかけて申し訳ない。
けれど、きっと彼らには私を置いて先に退避してくれと言ったところで、それは叶わないのだろう。そういう人たちだと知っているから、ヴァイオレットは余計に申し訳なかった。
「……ヴァイオレット、足以外は平気か?」
罪悪感で胸が苦しい中、地面に片膝を突いて問いかけてくるシュヴァリエ。ヴァイオレットは小さく頷くと、その瞬間だった。
「分かった。それなら出来るだけ貴女の足首に負担をかけないように気をつけながら、直ぐに安全なところに連れて行く」
「えっ……? あの……!? きゃあっ……!」
シュヴァリエは丁寧にヴァイオレットを横抱きにすると、彼女の足首を気遣いながらゆっくりと立ち上がる。
そして、再び家臣たちに向き直った。
「ヴァイオレットの足に負担をかけないため、俺たちは直ぐ戻ったところにあった小さな洞窟で雷が止むのを待つ! お前たちはさっき言ったとおり、少し先にある洞窟で雷が止むのを待て!! 雷が落ち着いたら日が暮れる前に帰城する! 良いな!」
「「「はっ……!!」」」
そんなシュヴァリエの指示のもと、二手に分かれて雷が過ぎるのを待つことになったのだけれど。
◇◇◇
身を屈ませなければ入れないような小さな洞窟に到着した直後。
「シュ、シュヴァリエ様、あの……? えっ?」
突然ベストとシャツを脱いで、鍛えられた上半身を露わにしたシュヴァリエの姿に、ヴァイオレットの心臓は激しく脈を打った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます