第24話 オフィーリアは、怖いのです

 

 つまりシュヴァリエは、ヴァイオレットが採集に赴き、セーフィルかそうではないかを判断すれば、問題なく採集できるのではないかと言っているのだ。


「ヴァイオレット。貴女ならできるのではないかと思ったんだが、どうだ?」 

「……そ、れは……」


 ヴァイオレットはやや眉尻を下げると、胸の前で両手をギュッと握り締める。


 そんなヴァイオレットの様子を見たシュヴァリエはシェシェや他の人間を一旦調合室から出るよう指示すると、ヴァイオレットと向き直った。


「ヴァイオレット、自信がないか……?」

「……っ、確かに、私は国家薬師です。ハイアール国でも今回のように似たような薬草を扱うことには注意していましたし、ワクチンを作り始めてから毎日セーフィルに触れたり、香りを嗅いでいますから……見分けはつく、と、思います、けれど……」


 ──そう。ヴァイオレットも考えていた方法とは、自身が自ら出向く方法だった。


 しかし、ヴァイオレットは薬師であって、採集のスペシャリストではない。見分けがつくとは思うとは言っても、必ずできると断言できる訳ではない。


 それでも、今までのヴァイオレットならば、可能かもしれないからと自ら手を上げていたことだろう。それが国のため、民のためになるかもしれないのだからと。


 もし失敗して、後で周りから責められることになったとしても、貴族として、次期皇后としてやった結果ならば、致し方ないだろう。


 けれど、リーガル帝国に来て、働きやすい仕事環境に、凄いと褒めてくれる家臣たちに、何より──。


「皆の……シュヴァリエ様の、期待を裏切るかもしれないのが、とても怖いのです……っ」

「………………」

「国や民のためには、こんな感情は捨てなくてはいけないのに……私は、最低です」


 身を粉にして働くこと。何よりも国益を優先すること。それが一番だということは分かっている。


 それでも、ヴァイオレットはシュヴァリエや周りからの期待を裏切って、落胆する顔を見るのが一番怖かった。


 そう話すヴァイオレットに、シュヴァリエはそっと腕を伸ばす。

 ヴァイオレットの華奢な肩に軽く手を置き、自身の方に引き寄せれば、包み込むようにして抱き締めた。


「……っ、シュヴァリエ様……っ!?」

「……ヴァイオレット、別に失敗したって構わないんだよ。そんなことで、誰も貴女の存在も、これまでの努力も否定したりしない」

「……っ」

「もちろん、俺やヴァイオレットは、人よりも完璧を求められる立場にいる。可能な限り失敗はせずに、民や国のために働くのは義務だ。だがな」


 シュヴァリエはそこで一旦言葉を止めると、ヴァイオレットの背中に回していた腕の片方の手を、彼女の後頭部へと持っていく。

 大丈夫だというように優しく撫で上げてから、シュヴァリエは再び口を開いた。


「俺たちは人間だ。完璧なんて無理だし、俺も、周りも、ヴァイオレットに完璧であれだなんて無茶なことは望んでいない」

「……っ、シュヴァリエ様……」 

「ただ、今回の採集の件──現時点でこれは、ヴァイオレットよりも適任は居ないと思うんだ。もちろん、ヴァイオレットの負担が少しでも軽くなるように、俺もセーフィルとその他の薬草の見分けが付くよう、可能な限り学ぶつもりでいる。だから、ヴァイオレット」


 そっと抱き締める手を弱めたシュヴァリエ。


 そのまま抱擁を解かれたヴァイオレットは、真剣な表情でこちらを見つめているシュヴァリエを見上げた。


「セーフィルの採集に協力をしてくれないか? ヴァイオレットと共に、俺も頑張るから」


 ──迷いのない瞳、落ち着く声色、真摯な言葉。


「……っ、はい、分かりました」

「本当か? ありがとう! ヴァイオレット!」


 ヴァイオレットはコクリと頷いて、シュヴァリエの頼みを聞き入れた。

 役に立てないかもしれないこと、期待を裏切ってしまうかもしれないことへの恐怖は、もうなかった。



 ◇◇◇



 そして、その五日後のこと。

 公務の調整と、採集場所に行くにあたっての下調べ、人員の手配に少し手間取ったものの、ヴァイオレットたちは早速セーフィルの採集場所に来ていた。


「凄い……! なんて沢山……!」


 リーガル帝国の北部の森──ビムスの森。

 そこの木が数多く生い茂るその奥地にある、湖の近くの地面に生えているのが、目的の薬草、セーフィルだ。


「シュヴァリエ様、陽が出ているうちのほうが見分けもつきやすいでしょうから、早く採りましょう!」

「ああ、そうだな」


 周りの従者や騎士たちが籠や休憩用の天幕を用意する中、ヴァイオレットは早速シュヴァリエと共に薬草の近くへと駆けていった。

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