第23話 皆で調合を始めましょう
──次の日の午後。
午前の会議を終わらせたヴァイオレットは、シュヴァリエが手筈を整えてくれた調合室に来ていた。
(さっきの会議で、魔力酔いに対するワクチンの必要性と、私がワクチンを作ることに大臣たちから賛成を得たから、頑張らないと)
有事はいつ起こるか分からないため、ヴァイオレットは書類仕事よりも調合を優先的に行うことになった。
一応今までヴァイオレットがいない状態で仕事が回っていたことと、彼女が嫁いできてからかなり先の仕事まで進んでいて余裕があること、有事はいつ起きるか分からないため、急ぐに越したことはない、ということで、話し合いはスムーズに行われた。
「ヴァイオレット様、まずは何から致しましょう?」
「そうね、清潔な水を作るために煮沸をしないといけないから……シェシェには薪の準備をお願いしても良いかしら? あ、重たいものもあるから、ロンと一緒にね」
「かしこまりました!」
今日、調合室には事前にシュヴァリエが集めてくれた、比較的薬に知識がある者数名と、使用人たちが来てくれていた。
ヴァイオレットの専属侍女のシェシェと、公務で多忙なシュヴァリエの代わりにロンも参加してくれており、稼働し始めたばかりの調合室はとても賑やかだ。
皆、ヴァイオレットの指示に従ってキビキビ働いているので、この分なら想像していたよりも早くワクチンが出来上がるかもしれない。
「さて、次にすることは──」
使用人たちに指示をしながら、ヴァイオレットは保管庫を開く。
昨夜、事前にリントとセーフィルで作っておいたワクチン入りの瓶を手に取れば、「ヴァイオレット」と背後から声をかけられたので、咄嗟に振り向いた。
「それが魔力酔いのワクチンか?」
「シュヴァリエ様……! どうしてこちらに! 今お仕事中では?」
「ヴァイオレットが今まで頑張ってくれていたおかげで、急ぎの仕事は少なくてな。皆で一旦切り上げて、様子を見に来た」
「皆……?」
シュヴァリエがそう言って入口を指差すので、ヴァイオレットもその方向に視線を移す。
すると、こちらをキラキラとした目で見ている大臣たちの姿があったのだった。
「……! 貴方たちまで……!」
「ヴァイオレット様! 私たちもお手伝いしますぞ!!」
「「「しますぞ!!!」」」
「ま、まあ……! 心強いわ、ありがとう」
それから大臣たちにも仕事を割り振ったヴァイオレットは、シュヴァリエに向き直った。
「シュヴァリエ様、こうやって皆でワクチンを作れるのも、シュヴァリエ様のおかげです。改めて、本当にありがとうございます」
「俺は場所や機材を準備しただけだ。ワクチンを作る技術も、皆が貴女を手伝いたいと言うのも、全てヴァイオレットの力だ。……ヴァイオレットの人柄や、これまでの貴女の頑張りのおかげなんだよ」
「……っ」
そう言って頭にぽんと手を置いて、優しく撫でてくるシュヴァリエに、ヴァイオレットはされるがままに俯いた。
調合室に入る使用人や大臣たちが生暖かい目でこちらを見ているであろう気配は、きっと気の所為だろうと、そう思いながら。
◇◇◇
ワクチンを作り始めて十日が経った頃。
手伝ってくれる人手が多いこともあってか、予定よりもかなり速いスピードで、ヴァイオレットたちはワクチンを作っていった。
現在で予定数の八割くらいが作れており、かなり順調に来ていたのだけれど。
「……このままだとセーフィルが足りないわ」
「えっ? それは大問題ではないですか!? ヴァイオレット様!」
慌てた様子のシェシェに、ヴァイオレットはうーんと顎に手をやる。
──以前、街に出かけた際にシュヴァリエが大量に購入してくれた薬草の中にあったリントとセーフィルを使い、当初はワクチンを精製していた。
ワクチン一つにあたり二つの薬草がどれくらいの量がいるのかは把握できていたので、ここ数日は薬草の在庫を見ながら、リーガル帝国内の薬草店に使用人が赴き、定期的にリントとセーフィルを購入していたのだが、全ての店舗でセーフィルの在庫が切れてしまったのである。
リントは既にかなりの数が流通しているので数は足りたのだが、セーフィルは新種の薬草のため、店舗にあまり置かれていなかったのだ。
「……そこまで大きな問題ではないわ。お店になかったとしても、採集場所は発見されているから、そこに採りに行けば良いわけだし……」
「なるほど! それでしたら問題は解決ですね!」
ぱあっと明るい笑顔を見せるシェシェに、ヴァイオレットは小さく首を横に振ったのだった。
「……それが、一つ別の問題があるのよ」
「……? 別の問題ですか?」
「ええ。実は、セーフィルの採集場所にはもう一つ、セーフィルと見た目が酷似した薬草が生えていてね。その薬草には、触れたものを腐敗させる効果があるらしいの」
つまり、セーフィルとそれに酷似した薬草を採集した際、同じ籠に入れてしまうと、セーフィルが腐ってしまうということだ。
それでは、せっかく採集してもセーフィルを新鮮な状態で保管庫まで運ぶことができなくなってしまう。
「そ、それは問題ですね……酷似しているなら、私やロンが行ったところで、セーフィルだけを採集するのは……あっ、プロの採集者にお願いするのはどうでしょう? それなら安心なのでは?」
「私もそれは考えたのだけどね、プロの採集者たちは、二週間ほど前から少しの期間しか生えない貴重な薬草を採りに出払っているらしいの。だから、もしお願いするとしても彼らが採集場所から戻って来てからになってしまうかしら……」
「……となると、ワクチンの完成が遅くなってしまいますね……」
シェシェの言う通り、必要数のワクチンを作るだけなら採集者たちを待てば良いのだが、その場合完成が遅くなってしまう。
ワクチンは完成するのが終わりではなく、それを魔力持ちの人間に飲ませるまでが大事なので、今時間を取られるのは正直痛手であった。
(……採集者なしで、直ぐ様セーフィルを採りに行く方法も、ないわけではない……でも……)
「──ヴァイオレット」
ヴァイオレットが頭を悩ませていると、調合室にシュヴァリエが入ってくる。
シェシェはシュヴァリエの登場に少し下がると、ヴァイオレットは彼の近くに駆け寄った。
「シュヴァリエ様、お仕事お疲れ様です。今日は会談があったのでは?」
「ああ、さっき終わったから、ヴァイオレットに会いに来たんだ」
「……っ」
さらりと言うシュヴァリエに対して、ヴァイオレットは高鳴る鼓動を必死に抑え込む。
しかし、今はときめいている場合でも恥ずかしがっている場合ではないのだからと、ヴァイオレットはシュヴァリエにセーフィルが足りないことや、採集者たちのこと、ワクチンの完成が遅くなるかもしれないことを話した。
「……そうか。なら逆に言えば、採集者と同じくらい薬草を目利きできる人間がいれば、セーフィルの採集に我々でも向かえるということだろう?」
すると、シュヴァリエは思いの外明るい表情で、ヴァイオレットの発言を聞き返す。
「そ、それはそうなのですが……」
「それならば、問題ないな」
何故、シュヴァリエの表情や声、言葉にこれほど自信があるのだろう。
ヴァイオレットはやや怪訝そうな目でシュヴァリエを見つめると、彼はニッと口角を上げて口を開いた。
「ここにはヴァイオレットがいる。国家薬師の資格を持ち、誰よりも薬草や薬に詳しいヴァイオレットが力を貸してくれるなら、何の問題もないはずだ。……違うか?」
「…………!」
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