第19話 ダッサムはメラメラと燃えています
◇◇◇
「陛下! 先程家臣たちが話しているのを聞きました! どういうことなのですか!」
ヴァイオレットが手紙を読んでいるのと同時刻。
ハイアール王国の宮殿──国王の執務室にて、激昂するダッサムの声が響き渡った。
「ダッサム──お前は……そんなことも分からないのか」
「分かりませんよ! 第一王子である私が居ながら……何故弟のナウィーが次期国王になるかもしれないなんて話になっているのですか! それも、陛下はその噂を一切否定していないそうではないですか!」
ダッサムには弟が一人いる。同じ両親を持つ正真正銘の兄弟で、第二王子のナウィーだ。
彼はとても優秀だったが、まだ八歳と幼いことから、今までダッサムが次期国王になるのを阻むような存在ではなかった。
それはダッサム個人の感覚の話ではなく、ナウィー本人も長子が王位を継ぐ方が争いも起きないし良いと思う、と公言しているくらいである。
だから、ダッサムとしても、今まで自分が王位につくことは決められた運命なのだと、それが揺るぐことはないのだと信じていたのに。
(何故……! 何故だ! 急に何なんだ!!)
キリキリと音を立てる位に歯を噛み締めているダッサムに、国王はハァと溜め息をついた。
「そもそも、お前ではなくナウィーを次期王にという声は昔からあった。だが、お前が長子であること、婚約者のヴァイオレット嬢が大変優秀だったこと、ナウィー自身が兄弟との争いを好まない性格だから、あまり大っぴらに聞こえてこなかっただけだ」
「では何故……! 何故今更ナウィーを次期王にと推す声が広まるのです! 何故陛下はそれを諌めないのです!」
「……ハァ。お前は本当に、なんというか……分かっていたつもりだったのだが、私の想像を遥かに超える阿呆なのだな」
国王のそんな言葉に、ダッサムの額には青筋がブチブチと浮かんだ。
「陛下……! いくら何でもそれは失礼ではないですか!?」
「黙れ。王の前でいきなり捲し立てるように話すお前にそんなことを言われる覚えはない」
「ぐっ……」
ダッサムが押し黙ると、国王は従者たちに執務室から出て行くよう指示し、椅子に深く座りなおす。
そして、未だに睨みつけてくるダッサムに対して口を開いた。
「ダッサム、よもや一月前の愚行を忘れたわけではあるまいな。友好国の皇帝を殺しかけるなど、本当ならば重罪だ。だが、シュヴァリエ皇帝陛下がヴァイオレット嬢とお前の婚約を確実に解消すれば、直接お前には手を下さないと約束してくださった。ヴァイオレット嬢の父、ダンズライト公爵も、命の危機にあった皇帝がそう言うならと、娘が公の場で恥をかかされたというのに、ことを荒立てなかったんだ」
「だから! それは何度も聞きました! それに、私とマナカはその罰として陛下が命じた謹慎処分を受けたではありませんか! それでは足りぬのですか!?」
ふんっと鼻を鳴らして語気を強めるダッサムに、国王は我慢ならなかったのか、机をバン!! と力強く叩く。
ダッサムは「ヒィ……!」と驚いて、体を弾ませた。
「足りぬわ!! だが、あまりに大きな罰を与えればお前の将来に傷が付くと思って私が公爵に何度も頭を下げて謹慎処分に留めてもらっただけだ! ど阿呆!!」
「ど阿呆!?」
「それなのにお前と来たら……謹慎が明けたら直ぐにヴァイオレット嬢に会いに行ったな!? しかも権力を振りかざすわ、ヴァイオレット嬢に掴みかかろうとするわ……謹慎処分を与えても一切反省していないではないか!!」
「……ぬっぬぅ!! しかし私は、ヴァイオレットに会いに行くなとも言われていませんし、あの女が公爵の後ろに隠れるから手を伸ばしただけです! それに、この件についても、もう罰は受けたではないですか!! 昨日まで一ヶ月、寝る、食べる、排泄以外の時間、ずっと陛下に言われたとおりに座学の勉強をちゃ〜んと受けましたよ!! 偉いでしょ!?」
冗談ではない。本気の本気の本気で、そう平然と言ってのけるダッサムに、国王は頭を抱えた。
「偉いわけあるか! 普通の王族は普段からしておるわ!! お前はヴァイオレット嬢に任せきりでなんの勉強もしてこなかった異例中の異例だ阿呆! それと、お前が言う、ちゃ〜んと、は結果が伴っていないんだ!!」
「えっ?」
国王はそう言うと、テーブルの引き出しから一枚の紙を取り出す。
それは丁度昨日、ダッサムが勉強地獄から開放される日、最後にテストだと言われて答案した用紙である。
ダッサムが「それが何か……?」と尋ねると、国王は立ち上がり、その紙を思い切りダッサムの顔の前に突きつけたのだった。
「良く見ろ!! 四点だ四点!! 王族ならば九割は解けねばならぬところを、お前は一ヶ月集中的に机に向かっても、百点中四点しか取れていないんだ!!」
「そっ、それは……」
「まさかここまでとは阿呆とは思わなかった! しかもお前が正解していた問題は魔力酔いと聖女の魔法に関する記載だけだ!! この前の舞踏会の後、私が口酸っぱく教えたこと以外はお前の頭に入っていないんだよ!! お前はこの一ヶ月何をしていたんだ!!」
「……な、何って……べん、きょう、を……」
──しては、いなかった。
正直なところ、ダッサムはこの一ヶ月、机に向かっていただけで、一切頭を働かせてはいなかった。
いや、初日の十分くらいは真剣にやるかと思ったのだが、今までのつけの成果、基本の基本まで分からず、全く勉強についていけなかったのだ。
だが、プライドが高いダッサムは、今更基本が分からないなんて言えないので、むしろレベルが低いな! などと言っていたのである。教師が言う言葉の殆どは、異国の言葉に聞こえるくらいには本当に分からなかった。
流石に何も言えなくなったのか、俯いて言葉を無くしたダッサムに、国王は何度目かの重たいため息を零した。
「お前の出来の悪さについてはまあ、良い。話を戻そう。……まず、何故最近ナウィーが王に即位するかもしれない話が広まったかについては、ダンズライト公爵が率先して広めているからだ」
「!?」
「そして私は、それを否定することはできない。何故なら、噂を否定せずに黙認することが、お前の罰を一ヶ月の集中勉強程度に済ませるための交換条件だからだ」
「な、何ですって!? ……つまり、どういうことですか!?」
「ハァ〜〜……」
ここまで言っても分からないダッサムに、国王は呆れて物が言えなくなりそうだ。
だが、黙っていてもダッサムが分かるはずはないので、国王はぽつりぽつりと話し始めた。
「ダンズライト公爵は始め、ダッサムの王位継承権を剥奪せよと言ってきた。もしくは王籍を抜けさせろとな」
「なっ!」
「それに対して、流石にそれはやり過ぎではないかと私は反論した。だが、公爵はおそらく私がそう言うのを読んでいたんだろう。それならば、ダッサムの罰を軽くする代わりに、条件を飲めと言われたんだ。それが、ナウィーが王に即位するかもしれないという噂を黙認することだった。そして日に日に噂は広まり、今や多くの民にまで伝わっている。……分かるか? 私がその噂を否定しないこと即ち、貴族たちや民たちには国王はナウィーを次期王にしようと思っているのだと、そう思われるということだ」
「ハッ……!」
──自分には人徳がない。ダッサム自身、それは何となく感じていた。
だが、周りの貴族はダッサムに明らかな反抗を見せることはなかった。
ダッサムが、次期国王になること間違いなしだと思っていたから。
けれど、ヴァイオレットの父、公爵によってそれは覆された。
今は、国王はナウィーを王位につけようと考え直し、ダッサムを見限ったのだと、皆がそう思っているのだ。
(そ、そういえば、さっき私を見て家臣がクスクスと笑っていた。その時の目は、まるで私を馬鹿にしているようだった……あいつらも、私より、ナウィーが王になるべきだと思っているのか……! ザマァみろとでも思っているのか……!?)
以前からナウィーを国王にと推すものがいたのなら、彼らはこの機を逃さないだろう。
ナウィーを次期国王にするために、どんな手を使ってでもダッサムを陥れようとするかもしれない。 そして、その時ダッサムはそれに対抗してくれる仲間も、頭もない。
(私が……王に、なれ、ない……?)
ようやくことの大きさを理解したダッサムは、俯いて、拳をグググと握り締めた。
「……なあ、ダッサムよ。私にも弟がいてな、あいつは私よりも優秀だった。私が即位するまでは、弟を王にしたほうが国のためだという意見も沢山あった。だが、長子継承の歴史に則って、先代の国王は私を王にしてくれた。……そして私も、出来ればお前を王にしてやりたいと思っている。噂は所詮噂だ。お前が心を入れ替えて、精一杯頑張れば──」
しかしそのとき、国王の言葉の続きは、ダッサムの罵声によってかき消された。
「クソクソクソォ!! 私は、王になるべく生まれてきたのだぁぁ!!」
「……!? ダッサム!?」
思いもよらぬ現実を突然突き付けられたからか、このときのダッサムには国王の声は届いていなかった。
そのため、ダッサムは一人叫ぶと、思い切り部屋を飛び出した。
そして廊下に出れば、開いた窓から外に向かって再び叫んだのだった。
「おのれ公爵め……! いや、元はと言えばヴァイオレットが悪いのだ!! そうだ! 全て……全てヴァイオレットが悪いんだ……!! 許さん……許さんぞヴァイオレットァァァ!!」
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