第18話 父からの手紙には何と書いてあるのでしょう
突然懐からお金を取り出し、「これで足りるか?」と店主と話し始めるシュヴァリエ。
店のものを全て購入されるだなんて経験がないのだろう店主は、大きく目を見開いている。
(シュヴァリエ様は別に薬師ではないし、然程薬草に興味があるわけではないはずなのに、どうして)
と、すると、考えられることと言えば──。
「あ、あの、シュヴァリエ様……! 私はそんなに物欲しそうな顔をしていたでしょうか?」
ヴァイオレットはそうとしか考えられず問いかけると、シュヴァリエは一瞬顎に手をやって考える素振りを見せてから、口を開いた。
「ヴァイオレットはとても可愛い顔をして薬草を見ていたが」
「はい!? いや、えっと、そうではなくてですね……!」
「まあ、何にせよ、ここの薬草は俺が買い取る。ああ、安心してくれ。このお金は俺の個人的なものだし、薬草は決して無駄にはしないから」
「え? え?」
結局そのまま、シュヴァリエが何故薬草を大量購入したのかは分からなかった。
それに、シュヴァリエに召集された騎士や従者たちが、購入された大量の薬草にそれほど驚くことなく馬車の積み荷に運ぶ姿に、ヴァイオレットは余計に理由が分からなかった。
◇◇◇
薬草店を出て、シュヴァリエとデートをすること二時間経った夕方。
大量の薬草をどうするのか疑問はあるのに、シュヴァリエが完璧にエスコートしてくれるので、すっかりデートを楽しんだヴァイオレットは現在、彼と共に帰城していた。
部屋まで送るというシュヴァリエに甘え、折角だから部屋でお茶でも……と誘ったのは、ヴァイオレットだ。
「シュヴァリエ様、改めて、今日は本当にありがとうございました。その、髪飾りまで買っていただいて……」
シェシェが淹れてくれたお茶を、ソファに向かい合って座りながら飲む二人。
ソーサーにカップを戻したヴァイオレットが改めて礼を伝えれば、シュヴァリエもカップから口を離した。
「いや、俺が勝手にヴァイオレットにあげたかっただけだから気にしないでくれ。喜んでもらえたなら嬉しい」
「はい! それはもちろんです! 今度着けさせていただきますね」
「ああ。楽しみにしている」
シュヴァリエが買ってくれたのは、リーガル帝国で採れるサファイアを沢山あしらった、上品な髪飾りだ。値段は……上品ではないが、初めてのデートのときくらいプレゼントさせてほしいと、シュヴァリエが買ってくれたのである。
(ふふ、シュヴァリエ様の瞳の色とそっくりな髪飾り……! 今度着けるのが楽しみね)
そんなことをヴァイオレットが思っていると、不意に聞こえたノックの音。
シェシェが対応すれば、執事と少し話をしてから、ヴァイオレットたちのもとへ戻ってきたのだった。
「皇帝陛下、お話の最中大変申し訳ありません。ヴァイオレット様、こちらを」
「?」
そんなシェシェが申し訳無さそうに話しかけてくるのでどうかしたのだろうかと思ったのだが、彼女に手渡された手紙の差出人の名前を見て、ヴァイオレットはパッと表情に花を咲かせた。
「まあ! お父様からのお手紙だわ……!」
「はい。ヴァイオレット様のご家族からのお手紙は最優先でお渡しするよう皇帝陛下から命じられておりますので……お話しのお邪魔するのは大変心苦しかったのですが……」
心底申し訳無さそうに話すシェシェにシュヴァリエは小さく頷いた。
「命じたのは俺で、シェシェはそれに従っただけだから謝罪の必要はない。早くペーパーナイフを用意してやれ」
「かしこまりました」
シュヴァリエはそう言うと、残りのお茶を飲み干して、おもむろに立ち上がった。
「ヴァイオレット、家族からの手紙が気になるだろう? 俺は自分の部屋に戻るから、ゆっくりと読むと良い」
「そんな、流石にそれは申し訳ありませんわ。お部屋に来ていただいて少ししか時間が経っていませんのに……それに、お礼もまだ全然足りて──」
ない、という言葉はヴァイオレットから発せられることはなかった。
シュヴァリエのずいと伸びてきた手──人差し指に、唇をふに、と押さえられてしまったから。
「何度も言うが、俺はヴァイオレットが楽しんでくれて、貴女の笑顔が見られたらそれで構わない」
「……っ」
「ではな、ヴァイオレット。今日はゆっくり休んでくれ」
その言葉を最後に、シュヴァリエはヴァイオレットの唇から手を離すと部屋から退出していく。
「い、いくらなんでも今のは反則よ……」
そう、頬を染めて呟くヴァイオレットに、シェシェはお下げをぴょんぴょんと跳ねさせながら口元のニヤつきを抑えていた。
それからヴァイオレットは落ち着きを取り戻すと、ソファに腰を下ろし、早速父からの手紙を読むことにした。
(ふふ……お父様ったら、私への心配ばかりね。あ、二枚目はお母様じゃない! お母様は、しっかりと薬を飲んでいるみたいね……あっ、三枚目はエリック! 毎日勉強を頑張っているのね……偉いわ)
家族からの手紙にほっこりしつつ、読みながらなんて返そうかとヴァイオレットは頭を働かせる。
しかし、エリックが書いた手紙の次──四枚目を読み始めると、ヴァイオレットの周りの空気が、突然緊張感に包まれたのだった。
「ダッサム殿下の、その後──」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます