第16話 デート、始まります

 

 ◇◇◇



 次の日、ヴァイオレットはシュヴァリエとデートに向かうべく、シェシェに身支度を手伝ってもらっていた。


 城下町でも違和感がないようにドレスではなくワンピースに身を包み、やや薄めの化粧をあしらう。

 日焼けをしないように広めのつばの帽子を被り、そこから艷やかな蜂蜜色の長い髪が見えるヴァイオレットは、生まれのせいというべきか、まったく平民には見えなかった。


「どう見ても貴族のお忍び……頑張っても栄えた商家の娘程度にしか見えませんね。私ではこれ以上、ヴァイオレット様の気品さを消すことは難しいようです」

「気品って……何を言っているのシェシェ」


 シェシェが何やら凄いことを言うのでヴァイオレットは苦笑いを溢したものの、鏡に映る自分の姿に、彼女の言い分は完全に否定できなかった。


 やはり王太子妃になるべく教育を受けてきたからか、姿勢から佇まい、動作一つ一つが洗練されているので、どれだけ見た目を平民に寄せても、隠しきれない部分というのがあるのだ。


「それにしてもヴァイオレット様! 今日は楽しんできてくださいね! 陛下とのデ、ェ、ト!!」

「ふふ、そうね。……楽しんでくるわね。……ふぁ……あっ」

「珍しい。ヴァイオレット様が欠伸をなさるなんて」

「……ええ、少し寝不足なのかしら。今のは忘れてちょうだいね」


 ヴァイオレットが恥ずかしそうにそう言うと、鏡越しにシェシェがニンマリと微笑んだ。


「もしや、陛下とのデートが楽しみ過ぎて寝られなかったのですか!? ひゃ〜! 相思相愛、素敵ですね!」


 シェシェの発言に一瞬ドキリとしたヴァイオレットだったけれど、表情に出すことなくヴァイオレットは答えた。


「ふふ、どうかしら。……相思相愛で言うなら、シェシェとロンの方がそうじゃない。夫婦なんだもの」

「ヴァイオレット様たちも半年後には夫婦ではないですか!」


 そう言われればそうなのだが、事情があるためシェシェやロンとは違うのだ。しかし、それを伝えることをできないヴァイオレットは、控えめな笑みを溢して、「さあ」と言って立ち上がる。


「そろそろ馬車の準備ができた頃だろうから、向かいましょうか」

「かしこまりました!」



 馬車が既に待機している正門へ向かえば、そこには多くの男たちがいた。


 騎士とシュヴァリエの従者たちである。皇帝とその婚約者が城下町に出かけるとなれば、人が動くことは当然なので、ヴァイオレットが驚くことはなかった。


 おそらく、誰がどのように護衛し、有事の際にはどのように対処するか確認しているのだろう。


「ヴァイオレット!」


 騎士や従者たちに「今日はお願いしますね」と声がけをしながら馬車に歩いていけば、こちらに気付いたシュヴァリエが駆け寄ってくる。


 白いシャツに、平民が履くものよりもすこしだけ上等な皮のズボンに、編み上げのブーツ。

 薄着だからか、シュヴァリエの鍛え上げられた体躯がいつもより露になり、ヴァイオレットはそっと彼から目を逸らしてから、カーテシーを見せた。


「ごきげんようシュヴァリエ様。今日はよろしくお願いいたします」

「ああ、もちろんだ。街では護衛たちは遠くに待機させるから、あまり気にならないと思うし、いざとなれば貴女のことは俺が守るから安心してくれ」


 そう言って、手の甲にキスをされ、ヴァイオレットの体温はおよそ一度上昇する。


 腕っぷしに定評のあるシュヴァリエに守ると言われたこと、手の甲に感じる艶めかしい体温、咄嗟に至近距離で見てしまった彼の鍛え上げられた体躯、腕まくりから覗いた手首の筋に、胸が疼いたから。


「……は、はい。頼りに、していますね」

「ああ。……それにしても、ヴァイオレットは何を着ても美しいな。素朴な姿でも、貴女の気品がより際立って見える。こんなに素敵な女性とデートができるなんて……なんて幸福なんだろう」

「……っ」


(甘い……! 甘過ぎるわ……!)


 騎士たちがいるため、仲睦まじく見せるのは正しい。

 ヴァイオレットだって、それは分かっているけれど。


「ラブラブで羨ましい」「ゾッコンなんだなぁ」「俺まで恥ずかしくなってきた」なんて声が周りから聞こえてくるので、ヴァイオレットはどうやら恥ずかしさに耐えきれなくなったらしい。


「は、早く二人きりになりましょう!」


 だから、ヴァイオレット咄嗟にそう叫んたのだけれど。


「ヴァイオレット……俺も貴女と二人きりになりたい。早く馬車に乗ろうか」

「……っ、はい。……って、あ……」


 それが、より二人の仲の良さを見せつけることになり、ヴァイオレットもシュヴァリエが好きでたまらないとアピールしたことになること。

 ──それを、彼の手を掴んだ瞬間に気付いたヴァイオレットは、恥ずかしくて顔ごと地面に向けたのだった。


 そのせいというべきか、そのおかげというべきか、シュヴァリエが顔を真っ赤にして喜んでいる姿を、ヴァイオレットが見ることはなかった。



「ヴァイオレット、着いたよ。降りようか」


 城からおよそ三十分だろうか。いつもよりも二割増しに機嫌が良く見えるシュヴァリエと何気ない会話をしていると、いつの間にか城下町に到着していた。


 ヴァイオレットはシュヴァリエに手を取ってもらい、ゆっくりと下車すると、初めて降り立ったリーガル帝国の街並みに「わぁ……!」と感嘆の声を漏らした。


「お店や露店が沢山ありますね……! シュヴァリエ様、どこから周りますか?」


 目をキラキラとさせて、どこか体をウズウズとさせているように見えるヴァイオレット。


 シュヴァリエはそんなヴァイオレットに対して笑みを浮かべてから、彼女の手に指を絡ませた。


「……!?」

「ヴァイオレットが行きたいところに全て付き合う。ただ、逸れては危ないから手を繋いでおこうな」


 城下町には人が溢れている。護衛が遠くに控えているとはいえ、土地勘のないヴァイオレットが逸れては問題なので、手を繋ぐ、もしくは腕を組む可能性は感じていたけれど。


「……っ、そ、それなら指を絡ませる必要はないのでは……っ!?」


 指先一本一本が絡み合い、普通に手を繋ぐよりも数倍恥ずかしい。

 ヴァイオレットがやや声を荒げると、シュヴァリエは右側の口角だけを上げて微笑んだ。


「今日はせっかくのデートだから、いつもよりヴァイオレットに触れていたいんだ。それに、この方が逸れる心配もないだろう? ……駄目か?」

「……っ、だめ、では、ありませんが……」

「……良かった。それなら、早速行こうか」


 そう言ったシュヴァリエに手を引かれ、ヴァイオレットは城下町の人並みに消えていく。


 こちらを見て「初めはどこに行きたい?」と優しく聞いてくれるシュヴァリエに、ヴァイオレットの胸はドキドキと音を立てた。 

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