第15話 大好き攻撃とは、一体何ですか?
◇◇◇
リーガル帝国に来てからもう一ヶ月が経つ。
ヴァイオレットは、毎日シュヴァリエや家臣たち、そしてシェシェなどの使用人たちと充実した日々を送っていた。
「シェシェ。今日は午前中に書類仕事を済ませて、それから会議に出席、午後からはリーガル帝国の歴史についての講義を受ける予定で良いわよね?」
「はい! そのとおりです! ……しかし、ヴァイオレット様、毎日こんなに予定が詰まっていては大変ではありませんか?」
「問題ないわ。ハイアール国ではもっと大変だったくらいだから。それに、薬師としての仕事もあったことだし……」
(久しぶりに本格的な調合がしたいけれど、流石に今はリーガル帝国について学んでいる身だもの)
ヴァイオレットはこの一ヶ月、自室で作れる程度の簡易的な調合しかしていないことにもの足りなさを覚えつつも、仕方がない事だからと頭を切り替えた。
リーガル帝国に嫁いできてからというもの、朝食はいつも自室に用意してもらっている。
シュヴァリエとは昼食も基本的に別だが、夕食はほとんど一緒に食べているし、時間が少しでも空くと会いに来てくれていた。それに、執務室では常に隣にいるので、寂しさはなかった。
そもそも、ダッサムとは王宮でも最低限しか顔を合わせず、食事の席を共にすることなんてほぼ無かったので、むしろダッサムよりも段違いの忙しさを誇るシュヴァリエがこんなに自分に時間を使ってくれるのかと驚いているほどだ。
(いくら特別な事情による求婚だったとしても、周りはそれを知らないわけだから、仲睦まじい姿を見せるのは確かに大切だものね。皇帝と将来の皇后の仲違いに良いことなんてないわけだし)
そう、だからシュヴァリエの言動は、家臣──延いては民たちを安心させるためだということは重々分かっているのだけれど。
「……そろそろ、慣れなくてはね」
「……? 何にでいらっしゃいますか?」
「……シュヴァリエ様の、その、お優しすぎる態度というか、その……」
「ああ! 陛下の大好き攻撃にどう慣れれば良いのか考えていらっしゃるのですね! なるほど!」
「大好き攻撃ではないわ!? 決してそうではないわ……!?」
それではまるで、シュヴァリエが本当にヴァイオレットのことが好きみたいである。
シェシェがそう勘違いするのは致し方がないことではあるが、実際は違うのだから否定しておかなければ。
(……って、待って? 否定しないほうが良いのかしら? だって、皆にはそう見えて当然で、何も都合は悪くないわけだし)
ヴァイオレットはそう思ったものの、恥ずかしさには耐えられなかったらしい。
シェシェがおさげを揺らしながら、雄弁に「陛下は今までどのような女性にも見向きしなかった」とか「陛下はヴァイオレット様のことが大好きで仕方がないから、以前よりも一層お仕事を頑張ってヴァイオレット様との時間を作ろうとしているみたいですよ?」だとか語るので、「そんなはずはないわ……」と弱々しく否定するのだった。
──そして同日の夜。
ヴァイオレットは、今朝シェシェが言っていたとある言葉を思い出すことになる。
──コンコン。
「ヴァイオレット、シュヴァリエだ。少し話があるんだが、入っても構わないだろうか」
「はい。どうぞ」
ヴァイオレットがそソファから立ち上がって返事をすると、控えていたシェシェが扉を開く。
すると、シェシェを下がらせたシュヴァリエは、ヴァイオレットが座っていたソファに腰を下ろすと「貴女も座ってくれ」と促した。
「その前に、シュヴァリエ様のお茶の準備を──」
「いや、長居はしないから構わない。……それとも、長居しても構わないのか?」
「…………!!」
ヴァイオレットがパッとシュヴァリエの方を振り向くと、視界に映ったのは彼のやや挑発的な碧の瞳だった。
婚約している男女が、夜に密室で二人っきり。それを長居する──つまり朝まで居ても構わないのか、という質問の意図を瞬時に察したヴァイオレットは、それを想像してかぁっと顔を真っ赤に染めた。
「……っ、シュヴァリエ様、婚前、ですわよ」
「分かっている。……冗談だ、というつもりだったんだが……ヴァイオレットのそんな顔を見るとな──」
「きゃっ……!」
その瞬間、ヴァイオレットはシュヴァリエに手首を捉えられると、ぐいと引き寄せられて先程まで座っていたソファに半ば強制的に座らされてしまう。
ヴァイオレットは驚いて隣に座るシュヴァリエを見上げると、彼はふっと笑って、耳元で囁いてきた。
「頬を真っ赤に染めて、瞳を潤ませている貴女はこの世のものとは思えないほど可愛いな」
「〜〜っ!?」
「はは。耳まで苺のように真っ赤だ。…食べてしまいたくなる」
「……っ」
耳にシュヴァリエの熱っぽい吐息、肩も抱き寄せられて、足の外側同士がピタリと密着している。
(何でこんなときに、シェシェが言っていた『大好き攻撃』なんて言葉を思い出すの、私は……!!)
彼の言動も、瞳も、体温全てが情熱的で、ヴァイオレットの心臓はバクバクと激しく音を立てた。
そんな中、シェシェの言葉まで思い出してしまえば、恋愛ごとに慣れていないヴァイオレットが冷静でいられるわけもなく。
「……っ、ご容赦、くださいませ……っ」
シュヴァリエに向かって、目が潤んだまま懇願するようにそう囁けば、彼は自身の目の辺りを空いている方の手で覆い隠して「怖いな……」と呟いた。
「こ、怖いですか……?」
何を突然言い出すのだろう。理解できなかったヴァイオレットが、シュヴァリエの言葉をオウム返しすれば、彼は手の隙間からちらりと碧い瞳を覗かせて、その目がヴァイオレットを射抜いた。
「その目も、声も、態度も、狙っているわけじゃないんだろう?」
「狙うとは……?」
「……いや、何でもない。とりあえずヴァイオレットが末恐ろしいということだけは理解した」
「……?」
シュヴァリエは独りでに納得すると、ヴァイオレットの肩から手を離して本題を切り出した。
「今日午後に来た目的は二つ。まずは、一ヶ月の間、リーガル帝国のために一生懸命働いてくれてありがとうと、改めて礼を言いに来た」
「……! シュヴァリエ様……」
ヴァイオレットはこの一ヶ月間、シュヴァリエとほぼ毎日顔を合わせた。質問には優しく答えてくれて、こちらの助言には当然のように耳を傾けてくれて、無理をするなと、ありがとうと、いつだって労りの声をかけてくれていたというのに。
(それなのに、改めて言いに来たって、そんなの……)
こんなこと、ダッサムが婚約者だったときには決してなかった。
シュヴァリエの婚約者になってから、毎日がこんなに幸せで良いのかと怖くなるほど幸せなのに、改めてこんな優しさを向けられたら──。
「ありがとうございます、シュヴァリエ様。私も、シュヴァリエ様や家臣の方々、国の為、民の為に働けて、幸せですわ」
あまり喋ると、ほろりと来てしまいそうになったヴァイオレットはそう言うので精一杯だったけれど、彼が穏やかに笑う表情を見ると、この気持ちはきっと伝わっているのだろうと思った。
「あの、それでシュヴァリエ様。ここに来られた目的のもう一つって……」
どこか照れくさくなったヴァイオレットは、直ぐ様話を切り替える。
シュヴァリエは少しだけそういえば……と言いたげな顔をしてから、隣に座るヴァイオレットの手を取った。
「なあ、ヴァイオレット」
「は、はい」
夜であることや密室であることも相まって、ただ手を握られているだけなのに緊張してしまう。
そのような状況の中でもヴァイオレットはできるだけ冷静を装うと、次の瞬間、目を見開くことになったのだった。
「明日、ヴァイオレットは休暇だろう? 俺も休みなんだが、良ければ街にデートに行かないか?」
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