第14話 早速婚約者として仕事をします
シュヴァリエの隣にテーブルを用意してもらい、彼が振り分けてくれた書類仕事をしていただけなのに、執務室内の大臣たちが一斉に見てくる。
ハイアール王国にいた頃と同じように仕事をしていただけなのだが、あまりに見てくる大臣たちに不安になったヴァイオレットは、隣のシュヴァリエと目を合わせた。
「あの、シュヴァリエ様……私の仕事のやり方に何か問題でもありましたか……? ハイアール王国と書類の作り方に大きな違いがなかったため同じように処理しても構わないだろうと判断したのですが……」
不安を吐露すれば、シュヴァリエはヴァイオレットの手元の書類を覗き込んで、ふっと笑みを零す。
そして、ヴァイオレットを安心させるように穏やかな声で彼女に告げた。
「いや、何の問題もない。むしろ完璧だ」
「本当ですか? それなら良かったです。……けれど、あの、それでしたらどうして皆様がこんなにこちらを見ているのでしょう?」
「ああ、それはね、伝え聞いていたよりも、実際の貴女がより優秀なものだから、皆驚いているだけだ」
「えっ」
むしろ、ヴァイオレットとしては新しい環境だったり、調べながらではないと処理できない書類が多かったため、手間取っていたのだが──。
「あっ、もしかしたら」
しかし、そこでとある考えがヴァイオレットには浮かんだ。
元婚約者、ダッサムのことを頭に思い浮かべながら、ヴァイオレットは昔のことを思い出すように語った。
「ダッサム殿下がここに居ないからかもしれません……」
「は? どういうことだ、ヴァイオレット」
シュヴァリエが問いかければ、ヴァイオレットは苦笑いを零した。
「恥ずかしながら、ダッサム殿下の仕事のやり方はかなり雑で、ミスが多かったのです。ですから、あのお方の処理した書類は、必ず私が二重チェックを行って訂正しておりました。しかしそれではあのお方の為にはなりませんから、後ほど何をどのようにミスしていたのか、そのミスをしないためには何を気を付ければ良いかなど書面にまとめて提出していましたので……それでかなり時間を取られていました」
「「………………」」
シュヴァリエだけでなく、執務室内の大臣たちがヴァイオレットに憐れみの目を向ける。
ヴァイオレットが優秀であることと同時に、ダッサムがあまりに不出来であることは他国にも知れ渡っていたのだが、まさかここまでとは思わなかったのだろう。
「けれど今はダッサム殿下がいませんから、私は自分の仕事にだけ集中することができます。それに、皆さんの書類はミスが少ないですし、報告、連絡、相談がきちんとなされているので、仕事の流れがとてもスムーズなんです。……こんなに仕事がしやすいなんて、私、感動ですわ」
「……ヴァイオレット……」
ハイアール王国の大臣や文官も基本的には優秀であるが、ダッサムという爆弾に触れたくないため、今まで公務に関してはヴァイオレットに任せっきりのところが多かった。
ヴァイオレットもヴァイオレットでそれを熟せてしまうので、彼らはどんどん楽な仕事のやり方を覚えてしまったのだ。それが、ヴァイオレットの労働時間を増やし、負担をかけているだなんて思いもせずに。
「貴女は……本当に頑張ってきたんだな」
「……いえ。それが当時、次期王太子妃と言われていた私の仕事でしたから。出来る限りのことをするのは当然ですわ」
「………………」
「けれど、リーガル帝国での仕事のしやすさを知ってしまったら、もうあの頃には戻れませんね」
ほんの少しだけいたずらっぽく、そう言ってのけたヴァイオレットは、いつもの気品溢れる彼女よりも、やや幼い表情をしている。
シュヴァリエはそんなヴァイオレットから、目を逸らせなくなって、無意識に「ヴァイオレット」と、彼女の名を呼んだ。
「……はい、何ですか? シュヴァリエ様」
どこか切なげな色が表情から見えるシュヴァリエに対して、ヴァイオレットは穏やかに微笑む。
すると、シュヴァリエは席を立つと着席するヴァイオレットの隣に立ち、羽ペンを掴む彼女の手にそっと自身の手を重ねた。
(えっ……!? み、皆さんに見られているのに、どうしたのかしら……!?)
シュヴァリエは比較的スキンシップが激しい。それはとうに分かっていたのだけれど、今は仕事中で、執務室内で、自分の父と同じような年齢の男性がたくさんいるのだ。
そんな彼らの視線を一身に浴びているため、いくら婚約者という関係であったとしても、ヴァイオレットは何だか居た堪れなくなった。
だから、そっとシュヴァリエの顔を見上げて、今は手を離してもらえないかと頼むつもりでいたのだけれど。
「ヴァイオレット、す──」
シュヴァリエのその後に続く言葉に耳を傾けた、そのときだった。
「ヴァイオレット様! これからは私たちで陛下とヴァイオレット様をお支えしますから、大丈夫ですぞ!」
「より効率的に仕事ができるよう、良ければヴァイオレット様にも色々とご教授いただければ……!」
「こんなに素敵なお方が将来の皇妃様だなんて……! リーガル帝国はしばらく安泰ですな!」
突如詰め寄ってきた大臣たちのそんな声に掻き消され、シュヴァリエの言葉は途切れた。
「み、皆様、お気遣いも称賛も大変嬉しいのですが、一旦落ち着いてくださいませ……!」
興奮冷めやらぬ様子の大臣たちを横目に、ヴァイオレットはちらりとシュヴァリエの顔を見やる。
(何か仰ろうとしていらしたように見えたけれど、大した用事ではなかったのかしら?)
少し冷めた目で大臣たちを落ち着かせ、仕事に戻るよう命じるシュヴァリエを見て、ヴァイオレットはまあ良いかと、何を言いかけたのか聞き返すことはなかった。
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