第13話 シュヴァリエには懸念があるのです
専属侍女のシェシェと、シュヴァリエの従者であるロンが夫婦であることに驚いたヴァイオレットだったが、彼らの話を聞いて納得した。
実はロンは代々皇帝に仕える家の出身で、シェシェは代々皇帝の妻に仕える家の出身らしく、互いに家同士で深い関わりがあり、幼馴染みらしいのだ。昔から、結婚しようと約束までしていたのだとか。
(幼馴染……それに恋愛結婚……素敵ね……私には程遠いことだけれど……。それにしても、代々皇帝の妻に仕えることを目的に育ってきたから、シェシェは私にこんなに誠心誠意仕えてくれるのね)
つい先程案内された自室も、部屋の主人であるヴァイオレットが快適に過ごせるよう様々な気遣いがされている。
南向きの大きな部屋。装飾品も一流のものばかりで、埃一つなく、鍵はあるもののシュヴァリエと続き部屋になっているこの部屋は、間違いなく妃になる身分の者しか住まうことは許されないのだろう。
ヴァイオレットはシェシェが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ホッと一息ついた。
「シェシェ、このお茶も、それにお菓子もとっても美味しいわ。ありがとう」
「ヴァイオレット様に喜んでいただき、この上ない幸せでございます!」
またおさげがぴょんっと跳ねるシェシェ。感情に左右される髪の毛なんて聞いたことがないヴァイオレットは、まあ偶然だろうと然程気にすることはなかった。
「そう言えば、ロン。シュヴァリエ様がお忙しそうだから聞けなかったのだけれど、微力ながら、私も明日から公務のお手伝いをしようと思うの」
さらっと言えば、ロンは目を見開いた。
「……! そんな、今日来たばかりですのに! しばらくゆっくりと過ごされては……」
「いいえ。婚約者として受け入れてもらえたのだもの。しっかり仕事をして応えなければね。今日のところはとりあえず城内を把握して、使用人たちの名前を覚えるところから始めようと思うから、もし私より先にシュヴァリエ様に会うことがあったら公務を手伝いたいこと、シュヴァリエ様に伝えておいてくれないかしら?」
「そ、それはもちろんですが……」
若干戸惑うロンに、「ヴァイオレット様! しばらくゆっくりなさってもこの城の使用人は誰も文句なんて言いませんよ! むしろゆっくりなさってください!」というシェシェ。
そんな二人は目を合わせ、同時にうんうんと頷いている。
「ふふ、息がぴったりね。流石夫婦だわ。……けれど、これは私の我が儘なの。私はシュヴァリエ様の婚約者として、国を統べるものの伴侶になる身として、早くこの国のことを良く知りたいし、役に立ちたいの。だから、彼に大人しくしていろと言われない限りは働かせてね。お願い」
ヴァイオレットが真剣な瞳をしてそう言うと、ロンとシェシェに何かを言い返す選択肢などはなく。
「「…………分かりました……」」
「ありがとう二人共! ロンもシェシェも、改めてよろしくお願いするわね!」
そうしてヴァイオレットは、部屋をもう少し見て回ってから、城内を散策するのだった。
◇◇◇
──同日、執務室にて。
「ヴァイオレットが公務を手伝いたい、か。あのクソ男に仕事を押し付けられて大変だったのだから、ゆっくり休めば良いものを……凄まじい責任感だな」
結局、シュヴァリエはその日、ハイアール王国に滞在していた間に溜まった書類の処理に追われ、ヴァイオレットの話をロンから伝え聞いたのは深夜のことだった。
「まったくです……」と頷くロンに、シュヴァリエは立ち上がって窓の外を眺める。
「……本当は少しゆっくりしてほしかったが、ヴァイオレットの要求を突っぱねるのも考えものだな。それに、二年前に両親が急な事故で亡くなったことで、仕事量が膨大になっている。仕事をヴァイオレットに手伝ってもらえれば、大臣たちの負担が軽くなることは事実。……それなら──」
おそらく、他国から妻を娶ったとなれば、大臣たちの間に多少の反発はあるだろう。
しかし、ヴァイオレットの優秀さを目にすれば、直ぐにその考えはなくなるに違いない。
「ヴァイオレットには公務の補佐として、仕事を手伝ってもらおう。彼女ならば書類仕事でも外交でも問題ないだろうしな。王太子妃候補としてずっと育ってきた彼女は、何もしていない状況の方が不安かもしれない。ヴァイオレットに任せる仕事については俺の方で調整するから、ロンはヴァイオレットがリーガル帝国のマナーについて学べるよう、人を配置しておいてくれ」
「かしこまりました」
「……なら、この話は一旦終いだ。──なあ、ロン」
ロンを呼ぶシュヴァリエの声に、ピシリと緊張感が纏う。
ロンは無意識に唾を呑み込むと、シュヴァリエの言葉を待った。
「お前もあの場に居たから知っていると思うが……何故ダッサムは、わざわざヴァイオレットのもとに文句を言うために訪れたんだと思う」
「単純に……愚かだからでは?」
「そんなことは分かっている。謹慎明けで問題を起こすなど、余程阿呆のやることだということはな。だが、一応あれでも王太子の立場なんだ。マナカを婚約者にする、ヴァイオレットに婚約破棄をするという理由があっての愚行はまだしも、文句を言うためだけに自身の立場を危うくすると思うか?」
「……つまり、陛下は何を仰りたいのですか?」
シュヴァリエは一旦間をおいてから、再び口を開く。
「あのクソ男の気持ちなど知らんが、あいつは俺たちが思っているよりもヴァイオレットのことを酷く恨んでいるのかもしれないな」
「しかし、もうヴァイオレット様はここリーガル帝国にいらっしゃるのですし、心配せずとも……。私はそれよりも、陛下のヴァイオレット様への態度の方が心配なのですが」
「は?」
一体何が心配なのだろう。ダッサムと違い、ヴァイオレットのことは大切にしている自覚はあるのだが。
もしかしたら、今日仕事にかかりきりでヴァイオレットに気遣えなかったことを責められているのだろうか。
シュヴァリエはそう考えたのだが、どうやらロンの思いはそうではなかったらしい。
「陛下、ヴァイオレット様に甘過ぎませんか? ああ、甘やかしているという意味ではなく、陛下の好きという気持ちが抑えきれていないという意味です。城に入ってからももちろん、馬車内での体勢もカーテンの隙間からちらりと見えたのですが、その……陛下の好きが過ぎる気がします。ヴァイオレット様が困惑するのでは?」
「……ヴァイオレットを困らせるのは本望ではないが……そりゃあ、愛しているんだから言動に出るだろう。これでも好きとは伝えていないんだ。俺としては抑えているつもりだ」
「……ハァ」
ロンは首を横に振って呆れた顔を見せる。そして、シュヴァリエに聞こえないような声で、ボソボソと呟いた。
「まあ、ヴァイオレット様が本気で嫌がっている感じはないので、勝手にやれって気持ちもありますけどね……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
ロンがなにか言ったことは間違いないのだが、はっきりとは聞き取れなかったシュヴァリエ。
彼が何を言ったのかは気になるものの、これからヴァイオレットの婚約者として側にいられること、そしてダッサムに対して一抹の不安を抱えているシュヴァリエは、まあ良いかと気にすることはなかった。
◇◇◇
そして、次の日。
早速公務の手伝いを始めたヴァイオレットの姿に、大臣たち全員は目を瞠った。
「こちらの書類終わりました。こちらの書類はミスがあったのを訂正しておきました。訂正箇所の確認をお願いします。それと、この分だとおまかせして頂いた書類は一時間で捌けると思うので、追加で持ってきてくださると……って、あら?」
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