コーディネートに誘われて。【後編】


「ま、まだですか、櫛川さん……」

「もう少しです。あ、動かないで、先生っ」

「すみません……」


 冷たい声だった。

 集中しているせいだ、と思っておこう。


「櫛川さん、ポーズが、その、きつくて……」

「…………」


「あの、櫛川さん……? もしかして、集中し過ぎて周りが見えていませんか……?」

「先生」

「! っ、はい!」

「うるさいです」

「ごめんなさい」



 うぅ、二人きりの美術室……、幸い、誰も訪ねてこないから良いけど……こんな姿、誰かに見られていたらと思うとゾッとするわね……特に最悪なのは、教師――。


 同僚なら最悪。

 生徒はまあ、話の種になるだろうから、まあいいかと諦めがつくけど……。

 と、その時だった。


 気を抜いていたせいもあるだろう……しばらく来訪者がいなかったので、もう今日はこないだろうと高をくくっていたら――――開いた。


 油断した。ポーズを取ったまま……動けなかった。


 櫛川さんからすれば願ったり叶ったりなのだろうけど……。


 ノックもなく、扉が横へずれる。


「え、」


 まずい、他の先生――



「フフ、見つけたゾ、魔法少女……ッ」



 は?

 誰……? というか、人じゃ、ない……?


 体の構造が、似ているようで違う。二足歩行で立ってはいるものの、腕が八本もあって……加えて額から伸びる大きな角――そして嫌悪感を覚える黒光り。

 ボディペイントで全身を黒く塗っただけの、リアルな筋肉が浮き出たその体――眼球は三つ。口はない。じゃあ声はどこから……? と思えば、顔の側面だ。

 位置的には、耳の下……目の前の不審者に耳はなかったけれど。


「だ、誰ですか!? 不審者――変態!? なんなんですかあなたは! 見た目もよく分かりませんし……コスプレにしては、質感があれをイメージしますけど……、気持ち悪いですね……っ」


「初対面、のような反応だな……遠い仲でもないだろう?」

「遠いですよ」

「今更なにを言う。オレと貴様――『魔法少女』の仲ではないか」


「いや、私は魔法少女じゃありませんから。これは生徒の作画資料のための衣装です……、コスプレですから! 見なさいよ、こんな大人の私が、魔法少女なわけないでしょう……!?」


 既に知り合っているなら顔で分からないものか。

 目の前の彼(?)がよく知る魔法少女は、私に似ていた……?

 それとも見た目ではない判断基準があるのだろうか……。


「コスプレ? ……では、貴様は魔法少女ではない、と……?」

「最初からそう言っていますけどね……」


「オレの勘違い、だと……? ――しまったっ、魔法少女の隙を突いたつもりが、貴様が偽物だったとすれば本物にすぐ居場所を突き止められて――あがぁ!?」


 不審者が倒れる。

 彼の背中に突き刺さっているのは、紫色の矢だ。


 軌跡が見えているが、それは風に流されるように、すぐに消えてしまった……。


「な、なに!? なにが起こってるの!?!?」

「先生、動かないでくださいねー」


「冷静過ぎるよ!? 集中し過ぎてスケッチブックの外が見えていない……!?」



「え、遠距離からの、狙撃……かッ」


 不審者が体を起こしながら、私を睨みつける。

 三つの眼球が、私を敵と認めたらしい。


「クソッ、やはり貴様は――囮だったんじゃないか!」

「そんなこと知りませんよ!」


「まあ、致命傷は、避けている……まだ逃げ切れる――だが、まんまとはめられたぜ……偽魔法少女。そっくりなのは見た目だけじゃねえ……まさか内側の色まで同じとは。無関係を主張するなら、貴様……これをきっかけにして、見つかりやすくなるかもな――」


「……なんのこと、」


「『怪人』が、貴様に接触する機会が増えてくるだろう。あの孤高の魔法少女の関係者かもしれないと分かれば、『かもしれない』ってだけで価値がある。だから……せいぜい、がんばりなぁ……」


 ずず、と、不審者の腕が、地面に沈み込んだ。


「待ちなさい! あなた、知っているならもっと詳しく――」

「悪いが限界だ。致命傷ではねえが、傷はでかい……そろそろ、とんずらさせてもらうぜ」

「地面が、まるで水みたいに……っ、あっ、沈んでいった――」


 真夏のアスファルトに放置していたアイスクリームみたいに。溶けて、そのまま、地面に吸い込まれていく……、もしかしたら大部分は気化したのかもしれないけど……。


「…………」


 本物の、怪人……? 私の衣装に騙されて、顔を出したってこと……?


 そう言えば、内側の色がどうとかって言っていたけど……一体なんだったのかしら――




「――できたっ! 先生、ほら見てこれ!」


 と、出来上がった絵を見せてくる櫛川さん。

 ただ、こっちはその喜びを共有するには、他のことが邪魔過ぎる。気になることが多過ぎて、櫛川さんの絵のことなんか、それどころじゃなくなっている――。


 それでも感想は言わないといけない……。


「うん、上手よね……、でも、櫛川さん。どうして私の胸元だけ、現実離れした色なの? 黄色が、周りを照らしているように――光が反射してるってこと……?」


 見たまんまを書いたわけでなくとも、私はこんな風に輝いてはいないはず――。


「だって、先生は実際、そうなってるんだもん」

「?」

「わたしにはそう見えてるけど……だからそのまま描いてみただけだよ」


 絵を見る。櫛川さんを見て――交互に様子を窺う。


「どしたの、先生」

「櫛川さん、あなたは……なにが見えているの?」


「先生しか見てないよ! ――うん、満足っ。今日はありがとう、先生! じゃあ明日は…………また別の衣装を持ってくるから、よろしくね! それじゃあさようなら!」


 と、慌てて、櫛川さんはスケッチブックを脇に抱えて出ていってしまった。


「はぁ!? 明日も――って聞いてないわよ!? ちょっと櫛川さんっ、待ちなさい!! 廊下は走らないの――っっ!!」


 櫛川さんは止まらない。

 描いたことで、アイデアが膨らんだのかもしれない――でないと、この状況で私を放置して帰るなんて薄情なことはしないだろうし……とにかく。


「まずは着替えよ……いつまでもこの格好じゃあ――」



「ぁ、先生……?」


 開きっぱなしの戸の向こう側、廊下からこちらを覗いていたのは……一年生。


 美術室に道具を返しにきたのかな……? ――ともかく。


 やるべきことは一つだった。



 私は一年生の、小柄な女子生徒の口を塞ぎ、部屋の中へと連行。

 扉を閉め、鍵をかけて――彼女の耳元で言い聞かせる。


「モデルになっていた『だけ』だからね? 私の趣味ではないから……分かる?」

「わ、かります……!」


「良い子ね。だから――言いふらさないように。いいね?」


 しーっ、と。

 指を立て、イタズラを共有するように、私は微笑んだ。


 すると――、彼女は高速で頷いてくれた。





 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る