あっちもこっちもマスターキー
「………………、なんだ、ここ」
「――きゃっ!? え、ちょっ、誰!?」
「誰? ……あんたこそ誰だ、ここは俺の部屋…………のはずだぞ?」
俺の部屋……、じゃないな。
目立つピンクのカーテン。
部屋干しされた洗濯物は、女性ものばかりで……。
がっつり下着が干されているから、目が吸い寄せられる――ダメだ、目を閉じろ。
もう充分だ。必要最低限のことは分かった……。
俺の部屋ではないことは確定した。してしまった。
俺は、見知らぬ女性と、同じベッドで眠っていたらしい。
「あなたの部屋? ――違います! ここは私の部屋で――って、早く、警察! ストーカーっ、不法侵入者ッ、襲われた奪われた最悪ッ、強姦ッッ」
「待てよっ、なんもしてねえ!! なんであんたの……あんたの部屋なんだよな!? ここで別の女性の部屋とか言うなよ!? ……どうして、俺があんたのベッドで寝てるんだよ!! あんたが連れ込んだんじゃねえだろうな!?!?」
「するわけないでしょッ! 昨日、私は徹底して戸締りをしました! ただでさえおんぼろなアパートで、壁も薄いんです……家賃の安さに目が眩んで選びましたけど、本来、大学生の女の子が住むところじゃないんですから最大で警戒しますよ!! その警戒をすり抜けて襲いにきたのはあなたでしょう!? 現役女子大生に目が眩んで!!」
「壁が薄いのにそんなことするか!! 一発でばれるわ!! 襲うならもっと事前に準備を――って、自白じゃねえぞ、計画なんかしてねえからな!? やってもねえことで責められるのは違うからな!?」
「じゃあっ、どうしてあなたがッ!」
……そうだ、どうして俺がここにいるのか、だ。
覚えていない……そう、覚えていないのだ――どうして?
記憶がないのは……酒のせいだ。
「…………昨日、酔っぱらって、でも、ちゃんと家に帰ってきたはずだぞ……。おい、窓とか壁とか、人が侵入したような形跡は――」
「ないですよ密室です!!」
「密室? ……俺が入った後に、戸締りもしている……俺が?」
「そんなの、言い逃れするためでしょ。窓の鍵をどういう手段か分からないけど、開けて、その後に締めて……。密室なんだから侵入できるわけがないって言って煙に巻くつもりで――はんっ? そんな言い分が通用すると思って、」
「待て。……鍵? じゃあ――」
――もしかしたら。
『そんなわけないか』と期待して、自分の部屋の鍵を、女子大生の部屋の鍵穴に挿して、捻ってみれば…………最悪だった。
「………………開いた」
「あき、ましたね……」
「ちなみに俺の部屋も……ま、当然ながら、開くよな。じゃあ――」
俺と彼女の扉の鍵だけが開くならまだマシだが……
「あの、朝早くからすいません、202号室の者なんですけど、ちょっといいですか?」
「……なんすか」
「あ、すみません。実は、このアパートの鍵なんですけど……ちょっと試してみたくて……失礼します」
205号室の扉の鍵にも試してみる……、やはり、ガチャリと音を立てて鍵が開いた。
ついでに彼女が持っていた鍵も試してみて…………、同じように開いた。
俺の鍵、女子大生の鍵、そして三十代フリーター(男)の部屋の鍵が……開いてしまった。
どの鍵でも、誰の扉でも開けることができる……?
「……やっぱり開いた。もしかしてこれ、それぞれが持つ鍵で全員の部屋が開くのか?」
「……酔っぱらったあなたが部屋を間違えて、開くはずがない扉を自分の鍵で開けて入ったから……、私のベッドで寝ていたと?」
「たぶん、そうなるんだと思うけど……、くそ、飲み過ぎて記憶がねえ……」
あり得ないことが目の前で起こっているおかげで、二日酔いが醒めたのは幸いだったが、これを放置しておくのは女性でなくとも怖過ぎる。
今までばれていなかったから良かったものの、恐らく、このアパートの住人なら、誰でも別の部屋へ入れるわけで……。
留守中になにか盗まれていてもおかしくはない。……家賃が安いから、治安も悪いだろうし……、金目のものでなくとも、盗んで、僅かながらのお小遣い程度でもいいから換金したい人だっているかもしれない。
偏見だけど、可能性は0じゃない。
「あー、もうこれ、大家に聞いた方が早いんじゃないっすか? 三人の鍵がマスターキーになっているなら、他の部屋の人もそうでしょうね。マスターキーである事実が分からなければ問題がなかったのかもしれないですけど、こうして分かってしまった以上、悪用されるかもしれませんし……、早急に替えてもらわないと安心して眠れないっすよ」
「私も怖くて眠れないわ。また知らない男が隣に寝ているかもしれないと思ったらねっ!」
「こっちを睨まれてもなあ……、言っておくが、こっちも怖いんだからな? 知らない女が隣にいるのは……、そっちだけが怖がっていると思うなよ?」
その後、代表して俺が聞くことに。
大家さんの部屋を訪ねる時にゾッとしたのだが――
大家さんの部屋は、隣のマンションの一室だった。
アパートには空室があるわけで……、だから鍵が大家の手元にある。
であれば、その鍵で、全室、開けることができるから……。
そんなことはしない人だと思っていても、疑いの目を向けてしまう……。
大家さんは優しそうな老婦だ。
「あーはいはい、鍵のことね……あら、やっと気づいたの?」
…………え?
やっと、気づいた?
「……じゃあ、知っていたんですか? 大家さん……、それぞれが持つ鍵で全室の扉を開けることができるってことを!」
「ええ、知っていたわよ。まあ大丈夫かなって思って。だって自分の鍵を人の家の鍵穴に挿すこと、ある? 酔っぱらって間違えたなら分かるけど……素面ならまずないでしょ? だから見つかることはないと思ったんだけど……、ふう、もう潮時ね……。分かったわ。すぐに工事を手配して、鍵を替えるから……それまでこの南京錠でがまんしてくれる?」
よく見る金色の南京錠である。
それが各部屋分、ある。
安っぽいけど、鍵も用意されていて――
「……分かりました。あの、その南京錠の鍵、マスターキーじゃないですよね?」
「やあねえ、さすがにこれもマスターキーなわけないじゃない。ちゃんとそれぞれの鍵でしか開かないようになっているわよ」
「そ、それなら良かった……」
「いや、待て……試しに……」
安堵する女子大生を尻目に、俺は自分の南京錠の鍵を、別の南京錠に挿して、
――ガチン。
と、対応していないはずの南京錠が、開いた。
「…………大家さん、俺の鍵で、別の南京錠が開いたんですけど……」
「疑り深い子ね。試さなければ開かないまま生活できたのに……」
「大家さん!?」
「知らない方がいいこともあるのよ、坊や」
…了
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