毒抜きチケット


「うぁ……七連勤、終了……」


 怒涛の仕事が終わり、家に帰ってきてまずはリビングに倒れた。このまま眠れる……そして眠っても問題はない。だって明日は休みだし……一日だけ、なんだけど……。


 一日で七日間の疲れが取れるとは思えないが、仕方ない。だって俺は社畜だし、連休を取ると不安になるという病まで患ってしまっている。染められているねえ……。

 まあ、稼げるから良しとしよう。


 スーツを脱いで風呂に入り、いつもよりゆったりと夕食を取って――と言っても、時間的には夜食である。これは太るぜ……! なんて考えながらも夕食を食べていないのだから太ることもないのか、と、コンビニで買った弁当をぺろりと平らげた。

 ソファに腰を下ろし、スマホをいじっていると……お、メールだ。



『七連勤、ご苦労様です。黒岩くろいわ様に「毒抜きチケット」がプレゼントされました(現在、あなたが使用できる文字数は3000文字です)』



 七連勤もすれば3000文字も貰えるのか……いや、前回の分を使っていなかったから、それと合算で、この文字数ってことか……ふうむ。

 まあ、七連勤もしたし? 仕事、頑張ったし? だからこれくらい、いいよな……?


『黒岩様のコメントが投稿されました。使用できる文字数は残り12文字です』


 ギリギリまで使ってしまった……、少ない文字数で、たくさんの人にコメントを残す、というやり方もできたが、今回は一人に長文を投稿した。

 少ない文字数だと言いたいことも満足に言えないからな……。久しぶりの長文だった。なので言い足りないってこともないし……満足だ。

 心の奥の黒い部分が、全部抜け切った気がする……、スッキリだ。


 これで休み明けからまた、仕事が頑張れるぞ!!


 〇


「まほろー、なに見てるのー?」

「ん? ちょっと、エゴサをね……」


 収録を終えた後の楽屋で、オンエア済みの番組について、エゴサしてみれば……、私の目に届く形で文字になっているアンチコメントがあった。3000文字に届く長文だ。


「うわっ、文字化けしていないアンチコメントだね……まほろ、大丈夫? 無理して見ないでいいんだよ? 許可のない誹謗中傷は文字化けして見れなくなったけど、それでも見えるものはあるんだから」


「でも、見えるってことは、書いた人は仕事を頑張ったってことだから……見ないのも、なんだか……悪い気がしない?」


「しないしない。仕事を頑張った分だけ、コメントの文字数が使えるけど、アンチコメントは書いた人の毒抜きってだけだよ。あたしたちがそれを見る義務はないの。誹謗中傷をしてくる人のバックボーンが多少分かったところで、やっぱり中身は誹謗中傷なんだから、イラっとするし傷つくし、嫌じゃん……まほろは違うの?」


「……最初は、嫌だったけど……最近は書いた人の『頑張って仕事をしたからこれが書けてる』って想像すると、なんだか愛おしくなるって言うか……。お仕事お疲れ様って気持ちが強く出ちゃうかな……。しかもこの人は3000文字も持ってて……、休みなしで働いているんだと思うのよ……、そう思うと、これくらいの毒抜きは、受け入れたくなっちゃう」


「まほろは優しいね」


「そうかな? アンチコメントがくると、私よりもつらい目に遭っているのかな、って考えちゃうのよ……それで笑っちゃうのは、性格が悪くない?」


 同じグループの友人は、「そ、そうだね……」と、ちょっと引いていた。

 あれ? そう思うのは私だけ? みんなそうだと思っていたのに……。


「アイドルの私には、満員電車に乗って会社にいって、終電ギリギリまで仕事して疲れて帰ってくる人の気持ちは分からないけど、つらいことだけは分かる。アイドルよりも何倍もしんどくて、つらくて……たぶんきっと、楽しくないんだろうなって」


「それは偏見だと思うけど……いや、仕事は楽しくないか」


「比べて私たちは楽しい。アイドル、楽しい!」


「楽しいことばかりじゃないけど……まあ、うん、楽しいのは認めるよ」


「でしょう? だから――アンチコメントで毒抜きをする人よりは充実してるから……、ふふ、下を見て安心できるの。コメントの数だけ、私は充実してるって実感できる!!」


「……確かに、まほろは優しいだけじゃないわね」


 優しいだけじゃ、芸能界どころか人間界でさえ生き残ることは難しい。

 人を見下し蹴落とす気概がなければ、搾取されて終わるだけだ。

 搾取されることで安心する層もいるらしいけどね……。

 搾取されているってことは、抱え込まれているってことだから……居場所がそこにある。


「まほろなら、きっついコメントがあっても大丈夫そうかも」

「え、いやそれはまた別だけど」

「え?」


「さすがに私でも……芯を食ったアンチコメントは、寝坊するほど傷つくから」

「体が心の摩耗を回復しようとしているから……? いや、まほろは、そんなの関係なく寝坊しているじゃない」


 あ、ばれた。でも、やっぱり芯を食ったコメントは傷つくのだ。

 でも勉強にもなる。的を射た意見はありがたいのだ。


 エゴサを続けていると、新しいコメントがあった……アンチコメントである。

 こうしてまた、私よりも下が吠えている様を想像することができた……あぁ、気持ち良い……。


「まほろ、危ない顔してるから」

「えへ、へへへ……え?」


「……マジで外でその顔はしないでよね? グループが全員そうだと思われるから」


 おっと、気をつけないと……。

 下を見て安心していると、度が過ぎれば私まで下にいってしまう。

 それだけは回避しないと――。


 〇


 ――私は玉座に座り、

 足下よりもさらに下で手を伸ばしながら、わんわんと吠えている人間が見える。


 必死に働き、その対価として、私に言葉を投げかける。

 それを受け、私は笑うだけ。

 たまに的を射ていれば、じっくり読んで勉強するけど……まあ稀だ。


 そして、そんな意見を言った人を引っ張り上げたりはしない。

 だって匿名だから分からないし……。


 下で騒ぐ犬どもを見下ろしながら、私は稼いだお金で豪遊する。

 足下の人間よりも、多くの金を、数分で稼ぐ。

 だからこそ、笑みが止まらないのだ……っ。


「ふふふ、これよこれ、これが――これが見たかったのよ!!」


 もっと働け。

 そして私にコメントをちょうだい。それを読んで、笑ってあげるから……っ。


 私のおもちゃは、壊れもしないし無くなったりもしない。


 無くならないものは、利用した方がいいでしょう?




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る