探偵学科の昼休み【前編】
「
「嫌です」
前の席に座る金髪の彼女は、なぜか私にしつこく構ってくる。入学したばかりで友達が少ないわけでもないのに……。
席替えをしたら近くの人にはしつこく構って、唾でもつけないと気が済まないのかもしれない……。悪いけど、あなたみたいな眩しい人と私は釣り合わないし、私も、あなたみたいな陽の人は苦手なのよ。
って、正直に伝えても分かってくれなかった……あの、暗号じゃないからね?
「そんなこと言わずにさー、今日も一人で、庭のベンチに座って食べるつもりでしょ? たまには誰かと一緒に食べるのもいいと思うよ? 何事も経験だよ。それとも、藍理ちゃんの苦手克服になるのかも?」
「苦手でもないですし、経験済みです。食わず嫌いで毛嫌いをしているわけではなく……、知った上で、私は一人でいるのが気楽なので一人でいるだけです。仲間外れにされたわけではありません――なので放っておいてくれませんか?」
私は手作りのお弁当をカバンから取り出して、席を立つ。
当然、私の後をついてくるのは、彼女だ。
「そんなこと言わずにさー」
「……あなた、譲歩する気ないでしょう……、もしかして私のためではなく、あなたのためにこうして絡んできているんですか?」
浅くてもいいから、広い交友関係を望んでいるのかもしれない。だとしたらクラスメイト、という薄い繋がりでも問題はないはずだ。
クラスメイトだから、という理由を出せば、彼女が輪に混ざることはそう難しいことではない。……家族仲に踏み込むとすれば、この関係性では無理だとは思うけど……。
「そうだよ。あ、絡む、なんて嫌な言い方じゃなくてね。藍理ちゃんと仲良くなりたいだけなんだよー」
「…………私はあなたと仲良くなりたくはありません」
「その壁を壊すのが、あたしの楽しみでもあるんだよねー」
「コイツ、話を聞かないな……」
追い払っても追い払ってもついてくる。相手にする方が疲れそうだ、と思えば、一緒に昼食を取る方がストレスは少ないか……? ベンチで、隣に座るだけなら、他人でもあり得る話だ……ラーメン屋のカウンター席なんて同じようなものだし。
喋る必要はないわけだ。
「喋ってる間にいつものベンチに着いたじゃん。このまま並んで座って、一緒にお昼を食べようよー。藍理ちゃんは黙々と食べてていいから。あたしが勝手に喋ってるから気にしないで――ラジオみたいなものだと思ってくれれば嬉しいかなっ」
ラジオ……、ラジオはスイッチを切ることもできるんだけど……?
うるさい店内BGMだと思えば、この環境にも慣れるのかもしれない。
「……あなたはそれでいいの?」
「嫌だと言ったら答えてくれる?」
「…………もう好きにしてください」
首輪をつけるよりも、野放しにしておいた方が私も快適に過ごせそうだった。
私が通う学園には、探偵学科というものがある。三年前に新設されたばかりだ。
ようするに、探偵を育成する教育機関――、若い時期から推理力、観察眼を鍛えるという目的で作られた学科……らしい。
慢性的な探偵不足も影響してそうだけど……、ただ、大半の事件は警察で解決できてしまうから、探偵は不要になってきた実情もあるのだけど……。
新設してみれば、入学希望者は多かった。
世間が求めていなくとも、探偵に憧れる子供は多いらしい。……かく言う私だって、入学を希望したわけで……、将来、探偵になる/ならないはともかく、観察眼と推理力を鍛えることができるのは、後々のためになるだろう。
鍛えておけば、なんにでも使えるだろうし……。それに、探偵は、連想して真っ先に殺人事件のイメージに辿り着いてしまうけど、もちろん、そうぽんぽんと殺人事件が起きるわけもないから――求められる場は他にもある。
推理力は、人間力とも言える。
鍛えておけば、どの現場でも重宝されるはず――
「――それでね、あの時、パパってばずっとがまんしていたらしくて……車に戻ったらすぐに気絶しちゃって……っ、あたしのために苦手なお化け屋敷にいってくれたんだよ――どう!? 可愛くない!? きゅんっ、ってしてこない!?」
探偵見習い(私もだけど)の金髪クラスメイトが、長々と喋ってくる。喋ってばかりで、彼女のお弁当の中身はまったく減っていなかった。
食べ終えないまま、お昼休みが終わっちゃうけど? ……困るのは彼女だ、そして反省するのも彼女である。
助言なんて、してやらない。
私はお弁当を食べ終わり、蓋を閉める。
「……してこない」
「あ、やっと返事してくれた」
ちょうど食べ終わったから……、話を切り上げるつもりで答えただけだった。
彼女に興味が湧いたわけではない。
「…………、あなたって、」
「あなたじゃないよ、あたしの名前は
「ああそう……、あなたって、ファザコンなの?」
「誘ったのに呼んでくれない……っ、うぅ、――まあ、いっか。こういうのは時間が必要だもんねっ。……えーっと、ファザコン? あたし、ソレシラナイ」
彼女は目線を泳がせて。
……こいつ、自覚がありそうね。
「なんでカタコト? ……自覚がない、ってことならいいけど……悪いことでもないしね」
「パパのことは好きだよ。藍理ちゃんは嫌いなの?」
「好きではないけどね。まあ、嫌いでもない……かな。あまり家の中でも顔を合わせないし……お小遣いを貰う時に、値上げ交渉でちょっとお話するくらいかな……、世間話もしない仲だよ」
すると、信じられないものを見た、みたいに口を開けて啞然とする彼女。
……え、高校生ならこれくらいの距離感が普通なんじゃないの?
「えぇ……、寂しくならないの?」
「昔からこうだから、別に……。お父さんの方が、私に苦手意識を持っているらしくて……でも、ぎくしゃくしてるわけじゃないの。こういう距離感の
「あたしからすれば信じられないけどね……」
「そりゃそうでしょうね」
新奈家が少数派なだけだと思う……。
「珍しい父娘もいたものだねえ……――ん、あれ? なんか落ちてる」
新奈が指差した方向を見れば、芝生の上に、きらりと光るものがあった。
今まで気づかなかった、にしては、大きいものだった。
「ちょっと、変なものを拾わないように」
「変なものじゃないよ……これは、ハーモニカ?」
「……待ちなさい、吹くつもり? そんな不衛生なものを……」
「さすがにしないよ……えーっと……ボディに傷……? あ、違う、『2A』だって。落としものかな?」
先輩の落としもの……、正直、一人きりであれば見逃していたけど、彼女と一緒だと、見て見ぬ振りはできなさそうだ。
新奈はこういうの、持ち主を探して突撃しそうだし。
コミュニケーション力の化物かどうかは、こういう時の対応で分かる。
「それ、私たちがここにくる時、落ちてた?」
「わかんない。気づかなかったから、見落としてた可能性もあるよ」
「…………もしくは、くだらない話をしている間に落ちてきたか、よね」
「落ちてきた? ……上から?」
雲の上を見る。
そんなわけないでしょ。
「真上でなければ放物線を描くように落ちてきたのかもしれない……、校舎の方から」
まあ、2Aでなくとも、空き教室から落ちてしまった、って可能性もある。
この場の近くには化学室や映写室があるし……でも、音楽室はない。演劇で使うアイテム?
「校舎……、でも、それに気づかないことってある?」
「ファザコンが夢中に話していればそういうこともあるんじゃない? それを聞かされてうんざりしている私も、気づけなかった場合もあるし……。とにかく、あなたが拾ったのだから、教室に届けるか、事務室に落としものとして届けるかは自由よ。もう食べ終わったんだし、私が付き合う義理は、」
「――はいっ、じゃあ一緒にいきましょう」
ほら見ろこれだよ!
コミュニケーション化物は、これだから嫌なんだっ。
「なんで私まで!!」
「拾わなくてもその場にいて見ていたんだから、届ける責任はあるはずだよ。どうせ暇なんだから、藍理ちゃんも一緒にいくのっ、こういうところで繋がりができたりするんだから――」
「待っ、違うのっ、たぶんそれ『架空事件』の、」
「はいはい、じゃあいきましょうかー」
「こらっ、あんたはよそのクラスの『シミュレーション』を邪魔する気なの!?」
普通科にはなく、探偵学科にあることと言えば……、
至る所で、『架空事件』が起きていることだろう。
もちろん、授業中は真面目に授業に取り組んでいる。
休み時間(作業をするかどうかは自由……、そう言われたら休めなくない?)や探偵授業の場合は、主に事件解決を目指す『実戦』を意識した課題が多い。
座学はかなり少なく、教科書を読んでしまえば、ほとんどを習得してしまうような知識ばかりだ。――知識を蓄え、知恵を絞って鍛え上げ、それ以上に現場での経験が大事である。
膨大な知識は普通科の授業で補えばいいという方針なのだ。
そして二年生は当然、入学して慣れた頃であり、架空事件が起きる頻度もかなり多く――、休み時間に教室に顔を出せば、休んでいる時の方が珍しいくらいだ。
そして今日も。
事件が起こらない、休息日ではなかった。
…続
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