探偵学科の昼休み【後編】


「失礼しまーす、このハーモニカが中庭に落ちていたんですけど、誰か心当たりがある人はいませんかーっ!?」


「(この陽キャッ、一切の躊躇なく教室に入っていったわね……っ、ほら見なさいよ、歓談の空気がぴたっと止まって緊張感が……っっ)」



「……どこに落ちていたのか、もう一度、言って頂けませんか?」

「え? 中庭に、ですけど……」

「……なるほど、最後のピースは中庭にあったということですね……」

「?」


 二年生の賢そうなメガネの男子生徒が、丁寧な対応をしてくれた。

 探偵と言うよりは館の執事みたいな落ち着いた所作である。


 着ている制服は男子生徒のそれと同じなのに、なぜか執事服に見えてしまうのだから不思議だ……、優秀な役者は、衣装がなくとも演じる役をお客さんに想像させることができる――みたいなもので、私が勝手に執事を重ねているのかもしれない……。


「感謝します。そのアイテムだけが見つからず、証拠が不十分でした……、あなたが届けてくれたおかげでこの事件が解決しそうです――ありがとうございます」


「いえいえ、それではっ、あたしたちはこれで――」


 教室内にいた他の先輩の視線が突き刺さる……、良くはない視線だ。

 このハーモニカ、もしかしたら持ってきてはいけないものだった……? これから捜しにいく場面で、出先でまた一つの展開があったのかもしれない……、邪魔をしてしまった……っ。


 私は新奈の手を引き、足早に教室を出ようとしたけど、


「は、早く帰るわよっ!」

「藍理ちゃん? そんなに焦らなくても……――あっ」


「ねえ、なに立ち止まってるの! 早く教室から…………、新奈?」

「この掲示物……、なにかおかしくない?」


 彼女が足を止めたのは、教室の壁に貼られた掲示物のせいだった。一週間の時間割りや一年間の予定表、これから使うであろう暗号の数々……、演出のためか、校内地図もある。


 数は少ないけど、私たちの教室にも貼られているものとそう変わらない……、なのに、新奈はじっと見て「……うぅん?」と首を傾げていた。


「おかしくないわよ。おかしいのだとしても、それは『架空事件』に使う隠された証拠なんだから、勝手に暴いていいものじゃないの――よそのクラスの邪魔をするな!」


 強めに注意をして、さらに引っ張るけど、新奈は動かない。


 意識が全部、その掲示物に向いてしまっている……。


「……これ、言い回しがおかしいなと思えば…………アナグラムだ」


 アナグラム……、単語の文字を入れ替え、別の単語に変えてしまう言葉遊び。

 解かれることを想定して作られた謎……、架空事件だからこその証拠だ。


 実際の事件で、こんな面倒な手がかりを残すことはないだろう……、ダイイングメッセージだとしても、余裕があるならもっと別のことができたと思うし。


 アナグラムっぽい、というだけで、これはまだ解いてはいけない謎であることが分かる。


「ただの図書委員会からのお知らせでしょ。一部、本の取り扱い禁止と返却期限の短縮をお知らせするだけの――」


 ここは探偵学科である。

 忘れていたわけじゃないけれど、探偵に憧れた子供たちが集まっている――、中には三度の飯よりも推理が好き、もしくは暇さえあればパズルを解いている、さらには息を吸うように謎を探している生徒もいる。


 なんでもないものを謎に変換してしまい、自分で作って自分で解くという、どういう頭をしているのか解読できない生徒もいて――。


 彼女は――新奈は、きっとそういうタイプの生徒なのだ。


 探偵になるべき少女。


「……『中井なかい、という生徒は、夜八時に駅前の公園にきてください――桜川さくらがわより』、って読める……」


「ほらっ、やっぱり事件のヒントに使われるようなものなんだから――」


「君たち」


 ――と、新奈の背後、音もなく近づき、接触していたのは、女子生徒だった。


 ポニーテールの先輩が、勝手に謎を解いてしまった私たちを叱るため、穏やかではない表情を浮かべていて……――もうっ、だから言ったのに!!


 怯える私たちを見て、先輩は「いや、違うんだ」と取り繕った。


「叱るわけじゃない。注意くらいはするが……、用件はその答えなんだ……――中井、というのは私の彼氏でね。そして桜川、というのは同じクラスの女子生徒のことを指す…………それでだ、その推理は本当なのかな? 一年生」


「せ、先輩……」


「はい。たぶん、そう読めると思いますけど……、偶然にしては、出来過ぎてると思いますし……、他の解釈があれば、先輩にも考えてほしいですけど……」


 先輩は掲示物を見る。


 だけど、お手上げ、と言わんばかりに肩をすくめた。


「悪いけど無理ね。その答えを言われてしまえば、私もその答えしか導き出せなくなっているから。……二重に答えがあるのだとしたら、このアナグラムの答えはフェイク、ということになるから……私の負けね。だけど、これが答えだとしたら……、裏切りを意味するわ」


「…………」


「密会の暗号を、掲示物に仕込ませてる……、探偵学科らしい文通ね。恐らくは今日だけ分かればいい誘い文句だったのでしょうけど……、明日になれば、いつも通りの掲示物に変えていたのかもしれないわ……。ふふっ、こうも堂々と、浮気をするなんて……乗り込んでこいと言わんばかりね……」


 顔を俯かせて、くっくっくっ、と笑う先輩……、あの、顔が黒くなっていますよ……?


「あの、先輩……?」


「感謝するわ、一年生。あなたたちのおかげで、私は彼氏に騙されないで済みそうね。……間違いならそれで良し。でも本当に浮気をしていたら……」


「あの、私はなにもしていないので、勝手に評価を上げないでいただけると……」


 あなた『たち』じゃなくて、解いたのは新奈だから……。


「藍理ちゃん、ちょっとうるさい。……それで、先輩、どうするつもりなんですか? 一応、話し合いで解決してくださいね……?」


「さあ、どうかしらね……相手の出方次第よ」

「…………」


 嫌なイメージが見えてしまった。

 探偵と最も近いのは――犯罪者だ。


「探偵学科は推理力を鍛えると同時に、殺害力も鍛えられてしまっている……、救えるなら殺せるってことだもの……。今夜は『シミュレーション』でも『架空』でもない、本当の事件が起きるかもね――」


 笑えない冗談だった。

 笑わせる気がない、真実なのかもしれない……。


「ふふふ、うふふふふふふ……――」


「(――ちょっとっ、どうするのよ! あなたのせいで先輩に変なスイッチが入って、)」



「……先輩、ここで学んだ知識と知恵を使えば、完全犯罪って実現可能なんでしょうか?」


「おおいっ、焚きつけるなバカッ! 探偵学科を悪用するんじゃないわよっ!!」




 …了

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