アイテムボックス


「エリー、倒した魔物の素材なんだけど、こっちのアイテムボックスはもうぱんぱんで入らないんだ……、君のところに少しだけ入れてもいいかな?」

「ダメ」


 即答だった。

 一考することもなく……。

 結果が『嫌』でも、考える素振りくらいはしてほしいものだったけど……。


 彼女……エリーは手の平サイズの人形を肩に乗せている。じっと動かない、ごく普通の人形に見えるけど……彼女はどうやら、人形の声が聞こえるらしいのだ。


 だから探索中、戦闘中も、色々なアドバイスが貰えるらしくて……ただ僕には聞こえないから、彼女の一人演技ってこともあり得る……。でも、何度も窮地を救ってもらっているから、本当なんだろうとは思うけど……如何せん、目で見えなければ信じられない。


 疑えば疑うほど、人形は動かない気もする……なんだか、僕の目を盗んで動いているようにも思えて……、探ると、より見れなかったりするのだろうか――。


 とりあえず、両手に持った魔物の素材をどうにかしないと。


「……頼むよ、はした金だけど、これでも売ればお金になるんだ。お金は大事だよ、お金があればなんでもできるんだから……生きることができる。僕たちには必要なものだろう?」


「わかってる」


 目も合わせてくれないエリー。

 その『わかってる』は、僕に言ったのか、人形に言ったのか……。


「だから入れてほしいんだ……、それともアイテムボックスはもう埋まってるのかな? エリーも素材を拾ってくれていたの? でも、このへんの石ころはお金にはならないから、できれば入れ替えておいてくれると――」


「入れ替えるのもダメ。だって――ウサギさんやクマさんのお人形さんが入ってるから」

「…………は?」


 複数の人形を持ってきているとは知っていたけど、アイテムボックスが満杯になるくらいに詰め込んでいる――?


「だから、トナカイさんやキリンさんのお人形が、」


「いいや、聞こえてたよ……あれ? 動物が変わってない? ……増えてる? というか、何体持ってきているんだ、君は……っ」


「だって、お泊まりでしょ? みんながいないとわたし、眠れないから……」


 お泊り、というか、野宿だけど……、同じことだけど、エリーは快適さをすごく誤解している気がする……。ふかふかのベッドで眠れるわけじゃないからね?


「いや、だからってなあ……、アイテムボックスは確かに、カバンとは違ってどんな大きさのものも自由に出し入れできる、異次元を開いて収納できる便利なアイテムだけど……でも、それでも制限はあるんだよ。素材でぱんぱんにする前に、君の持ち物でぱんぱんじゃないか! しかも広く面積を取る人形ばっかり! どうして危険地帯に人形を持ってくるんだ……ッ」


「だから、みんながいないと眠れないんだもん」


 エリーの攻撃手段である、とは言っても。

 銃使いが弾丸でアイテムボックスを埋めているのとはわけが違う。


「……疲れたら自然と眠っちゃうものなんだけどね……、お人形さんの出番はないよ。……あ、それともエリーの人形って、囮に使えたりするの?」


 囮なら……、たくさんあっても困ることはない。

 使えばアイテムボックスに空きが出るわけだし。


「仲間を売れってこと? ――認めない。だれひとりとして、欠けることは許さないッッ――うぅー、がるる……ッ」


 猫の手で威嚇してくるエリー……、不意に、彼女の肩の人形の目つきが変わった気がした……。子ザルの人形が笑い、歯を見せているけど……さっきもそうだったっけ?


「分かった、分かったから……そう睨まないでよ、エリー……あと、その八重歯もしまって」


 す、としまわれた八重歯。威嚇の猫の手も下げられ……だけど人形には変化がない。


 今もまだ、僕を睨んでいる……、僕の思い込みだといいけど……。


「わたしのアイテムボックスは、一つの空きも作らないから」


「いや、あのね? 人形で埋めてくるなよ……、ここ、一応『魔物の巣』だからね?」


 危険と隣合わせであり、つまり死も間近だ。

 死んだ人間からは、アイテムボックスの中身が溢れ出てくるのだけど……エリーの場合、詰め込んだ人形たちが溢れてくることになり――

 僕たちを見つけた他の冒険者はどう思うだろうか……。


 死体と並ぶ、大量の人形たちのことを――。


「わたしたちの死体は見つからないと思う」

「……ああ、魔物に食べられちゃうから、」

「じゃなくて」


 エリーが否定した。

 魔物に食べられてしまい、死んだことも証明されなかった冒険者が多くいるけど……、僕たちは、そういう末路を辿ることはないのだろうか。


 死後のことだけど、それはそれで良しとすればいいのかな……。


「だって、みんなが埋めてくれるだろうから」

「…………あ、人形が、」


「うん。わたしたちの死体は、みんなが責任を持って、地中に埋めてくれるよ――だから安心して。死んだ後は、なんの心配もないから」


「僕はまず、死にたくないんだけどね……」



 死後のことより生前を――、今をどうにかして生きていきたいよ。




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る