リサイクルゾンビ~殺してはいけないゾンビの使い方~【後編】


 ルートから外れているけど、絶対にない可能性ではない。


 ゾンビの習性を利用しているだけで、決まったルートってわけではないのだ。わたしたちは彼女たちゾンビが、なぜか決まった道をぐるぐると回っていることを利用し、広告として利用しているだけで……、だからルートから外れるゾンビがいたっておかしくはない。


 まさか、そんな外れを引くなんて……っっ。


「んっ!?!?」


 しかも、冴島さんはルートを外れた上で、歩く道の先は――道路である。

 交通量が多い、車もかなり早い速度で飛ばしている、危険な場所だ。


 たとえゾンビでも。

 破損は免れない。


「ダメッ、そっちは道路――」


 冴島さんが車道に出る。

 甲高いクラクションが連続する。

 冴島さんは撥ねられ…………なかった。


 タイヤが地面に擦る音が響き、赤いスポーツカーが、冴島さんの目の前で停まった。



「――――…………冴島、さ――」



「うぉおいッッ!! 危ねえだろうがッッ!!」



「あう、す、すみません!! ……あれ? でも、なんで彼女が道路に……?」


 車道に出た冴島さんが、スポーツカーのボンネットに手をつけようとしたら、運転席の男性が「――触んなッ」と怒声を上げた。


 冴島さんは、声に反応したのか、寸前で手を引っ込める。


「おいおい、てめえのゾンビだろうが!! サービス利用中は、飼い主はアンタになるんだよッ、死なねえゾンビが事故に遭おうがどうでもいいかもしれねえが、こっちは車体が傷つくんだ、その責任をアンタが取ってくれるんだろうな!?」


 修理代が必要だとしたら……スポーツカーなら高額だよね!?

 む、無理っ、わたしには払えない! 師匠に言えばなんとかしてくれると思うけど……、ただ師匠の場合、揉めることも多いんだよね……。


 そういう暴走を止めてくれ、とも、師匠の師匠からお願いされているから……できれば師匠を頼りたくはない。

 なのでここは謝る――ひたすら!

 謝るのは得意だ。


「す、すみませんっ! 彼女に言って――聞くのかは分かりませんけど、厳しく言い聞かせておきますので!!」


「……チッ、ったく、気を付けろ。ゾンビだらけを良しとしてんのは徘徊するルートが決まってるからって前提を忘れるなよ……、自由に動き出したら、たとえウイルスがなくても脅威になるんだからな――。……なんで政府は殺処分をしねえのかねえ……生きにくい世の中になったもんだ」


「…………」


 殺処分。

 そう言われると、やはり反対したくなる。


 いくらゾンビでも……無抵抗な相手を殺処分するのは……人道に反する。


 ゾンビの胸の内までは、さすがに分からないから――。



 スポーツカーが去った後、歩道に連れ戻した冴島さんの手をしっかりと握る。

 今度は勝手にルートを変えないように見張っておかないと……。

 幸い、師匠が目を覚ますまでは少しのまとまった時間がある。

 決まったルートをちゃんと歩くようになるまでは、彼女についていてあげよう。


「ふう、乱暴で、おかしな人でしたね。でも、気を付けてくださいよ、冴島さん。轢かれても、あなたの体は大丈夫でも、師匠の服は傷つくんですから……って、言っても分からないですよね――」


 すると、冴島さんの手が上がった。

 なにかを求めるように、手を伸ばす――なにを求めてる?


「ぁ、ぁが、ぁあ」

「冴島さん?」

「ぁぁ、うぁ、ぁあぃがぁああッ」


 ゾンビ特有の呻き声……。パンデミックの日を思い出してしまう声だ……、トラウマがフラッシュバックしそうになるが、強く頬を叩いて、なんとか誤魔化す――聞き慣れた呻き声でも発生源は冴島さんだ……、師匠の服を着た人に、悪い人はいない……はず。


 悪いのは作った師匠だけだ。


「……冴島さん? どうしてあの車を追って…………もしかして――」


 ゾンビが動く理由。実際のところは分からないけど、専門家はこう答えを出した……生前の記憶が、残っていて、それが体を動かしているのだと……だったら。


 冴島さんが気になっているのは、スポーツカー……? それとも、あの男の人……?


「あの男の人、もしかして生前の冴島さんの……お知り合いなんですか……?」



「ぁぁ、うぁ、ぁあぃがぁああッ」

※(――弘人ひろと、私はここにいる、いかないで……置いていかないで!!)


 必死に声を上げようとしている。

 でも、言葉や、正確な意思までは分からない。


「冴島さん、今のあなたはゾンビなんですから……もう、人間の頃のようには戻れません」


「ぁ、ぁが、ぁあ、ぁ、ぁが、ぁあ!?」

※(私を見捨てるの!? 弘人は――もう私に飽きちゃったのっ!?)


「今、ゾンビの生き方は、徘徊する広告塔です。…………、なまじ、生前の記憶があると、徘徊させるのは、罪には釣り合わない罰ですよね……」


 罪なんてないようなものなのに。

 ゾンビであることは、被害だ――彼女は被害者なのだ。

 なのに、罰を受けている……。


「たとえ、ゾンビとして多くの人を齧ってきたとしても」


 ――襲ったのだったとしても。


「生かされて、徘徊させられて……、ルートを外れることも、意思を出すこともできないなんて……、これならワクチンが生まれる前のパンデミック時代に、殺されていた方がマシだったのかもしれませんね――」


「ぃがぁああ……ぁが、ぁあ、ぁ」

※(弘人……お願い……もう……っ、殺して、よ……っ)


「冴島さん、戻りますよ。大幅にルートから外れてしまっていますから……こっちです」


 冴島さんの手を引く。

 彼女は抵抗なく、わたしについてきてくれた。


「あなたは死ねません。というか、もう死んでいるので……どうしたって死ねないんです。焼いてしまえば、殺せるそうですが……。やっぱり、国民全員が納得する理由を公表しなければいけないので……たぶん無理だと思いますよ?」


 元のルート上に戻ってきた。

 彼女の背中を押しても、歩き始める様子がなかったので、途中までは、わたしが前で先導することにする。彼女の両手を取って、顔を見ながら引っ張る――まるで泳ぎを教えるために水の中で引っ張ってあげているような感覚だ。


「このまま広告塔として生きることが正解ではないとは思いますけどね……、殺処分する不正解を出さないことを意識している上の人からすれば、これ以上の進展は期待できそうにありません……、だから冴島さん、諦めてください。無心で歩いてください。あなたの姿を見て商品を買おうと思ってくれる人がいるかもしれませんから――これは、あなたにしかできないことなんです」


 他の誰でもない、冴島さんにしかできないことだ――。


 だってこの服は、スタイルが良いあなたにしか似合いませんから。



「ゾンビになってもまだ美しい、あなたにしかできないことですよ、冴島さん」



 …了

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