撮る子の虜


 趣味を存分に楽しんでいる人――目標に向かって努力をしている人が、わたしは好きだ。

 だからわたしは、夢中になって『がんばる人』を記録することにした。

 この、叔父さんから貰った『カメラ』で――。


 首から下げた一眼レフカメラ。スマホでもいいんだけど、やっぱり撮影するとなるとスマホでない方が雰囲気が出る。

 詳しくない人からすれば性能に差なんてないようなものだろうけど……、かく言うわたしも詳しくはないので、スマホでも一眼レフカメラでも撮れる絵は同じなのでは? なんて思ってしまう派だ。

 それでも……気分が出るなら、わたしは『カメラやってる!』と思える一眼レフを選んだ。せっかく叔父さんから貰ったのだから……という理由もあるけど。


 スマホは元々持っていたから、いつでも始めることができた。でも、今のわたしの趣味は、叔父さんから貰ったこのカメラから始まったものだ。

 だから――、やっぱりわたしの相棒は首から下げたこの子である。


 画質にこだわったりもしないから、使い分けをするとしたら撮影環境だと思う。撮影スペースがあるなら一眼レフを、撮影しにくい狭い場所ならスマホを……、まあ、スマホは撮影よりも連絡手段として使っているから、充電を減らさないように一眼レフを使う頻度が多いだろうけど。


 一眼レフ子。

 なんて名前を付けてみたけど……女の子にしたのはなんとなくである。



 さて、わたしはいつものように、『彼ら』が集まる場所へ向かった。

 彼らは目標に向かって努力している……、周りからなんと言われようとも、自分たちが信じる芯をしっかりと持っていて、決して曲げずに、折れたりしない……。

 いくら風当りが強かろうとも、揺れることもないのだ。


 趣味に没頭している。

 それに、こだわりが強い。数秒の誤差さえも許さない。彼らが求める理想があり、その理想を実現させるために、彼らは努力を惜しまない――

 たとえ膨大な労力がかかるとしても、彼らは諦めるということを知らないのだ。


 絶対に、諦めない。

 絶対に、譲らない。


 絶対に、目標を下げたりしない――そんな彼らを見ていると、わたしも、ちょっと止められたくらいで、引き下がるなんて、彼らへの冒涜なのではないか――。



 シャッター音に反応し、彼らが振り向いた。

 わたしを見て「うぇ」と、嫌な顔をしたけど……いつものことだ。何度も何度も見せてくれた顔である……。さすがにわたしも慣れた。それに……そんな顔をされても、彼らは決して諦めずに努力を続けてきている……近い趣味を嗜む者として、わたしも見習わないと。


「……あの、この前、やめてほしいって言いましたよね?」

「はい! でも、わたし、がんばってる人を撮るのが好きなんです! 世界中の人の努力の姿を撮影して、作品として発表したいのが夢で――。あなたたちの勇姿は、わたしの理想なんです! だから――絶対に諦めませんからね!!」


「いや、やめてください……さすがに警察を呼びますよ……?」

「撤収!!」


 警察はまずいので、すぐさま逃げる。彼らも、警察がきたら困る気もするけど……、肉を切らせて骨を断つつもりだろうか……? でも、肉を切らせた姿は被写体として魅力的である。


「ふう、警戒されちゃったね……でも、物陰からこそっと撮るならばれないし……」


 電柱の陰から、こっそりと撮影する……、屋外なので、彼らの肌には汗がじんわりと浮かんでおり、……あぁ、血管が浮き出て……っ、細身の体だけど、汗がぽつぽつと浮かんでいる肌がすごく魅力的に映るんだよね……!


 ぱしゃ、と何度も何度も撮影を重ねる。


「…………あのさ、」

「わたしのことはお気になさらず! あ、そろそろ時間じゃないですか?」


 腕時計を見る彼らは、そろそろ目標がやってくることに気づき、わたしに後ろ髪を引かれながらも、自身のカメラに意識を向けた。

 彼らが真剣な目で、カメラに手をかける。

 そんな彼らの姿を、わたしはカメラに収めて――そして、やってくる。


 通過したのは、電車だった。

 詳しくはないので、通過した電車が珍しい車両なのかどうかは分からない。……けど、撮影を終えた彼らの横顔が、満足そうだったのでわたしまで嬉しくなった。


 その顔を撮影する。

 がんばって、努力が報われた人を撮る――それがわたしの作品だ。



「ねえ、君――、ここ、僕の家の庭なんだけど……なにしてんの?」

「被写体の全てを撮影したいの。だから趣味に没頭している姿以外にも、普段のプライベートも撮影したいと思うのは自然なことじゃない? 普通に生活するあなたを撮影すれば、それもアートになるの!」


「いや、知らないけど……やめてくれるかな? 不法侵入なんだけど……」

「分かっていますよ……っ」

「分かってるのかよ……」


「分かっていますけど、引けません。わたしの師匠であるあなたたちの目の前だものっ、ここで引き下がったら、『撮り撮り鉄』としては、名折れです!!」


「撮り……撮り鉄?」


 首を傾げる男の子……その姿も一枚にしてあげる。


「ちょっ、こらやめろ! なんでもかんでも撮るな!!」


「やめてと言われても、不法侵入だと言われても……犯罪だと言われても!! あなたたちは決して諦めなかった……絶対に、設定した目標を下げたりもせず、妥協をしない――自分に厳しく、努力を重ねてなんとしてでも目標の一枚を手に入れようとした……! ――その姿をずっと、見てきたから――だから!!」


 みんなの勇姿を見続けてきたわたしが、諦めるわけにはいかないの!!


「他者の評判なんて気にしない!! 徹頭徹尾ッ、利己的に!! わたしはわたしが求める最高の一枚のために、絶対に諦めない!! あなたたちのように!!」


 そしてわたしはシャッターを切る。

 これからもきっと――――わたしはたくさんの撮り鉄を撮影していく。


 がんばる人のその努力と満足の姿が、わたしが考える最高の作品である。





 〇


「……いい感じに締めてるところ悪いけど……ダメだから……やめて」


 早く出ていって、と言われた。

 夜も遅かったので、ここはわたしも素直に言うことを聞く……でも、これはこれで良かったかもしれない……だって――、


 見せてくれた心底嫌そうな顔も、これはこれで、魅力的だった。




 …了

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