悲劇を繰り返さないために!


「みんな、聞いてっ。……前回の遠足の時みたいな悲劇が、もう二度と起きないように、わたしたちがするべきことは…………一つ!」


 背伸びし、教卓から前のめりになって顔を出しているのは、クラス委員長だ。

 彼女の力強い宣言に、五年二組の面々は、半年前の悲劇を思い出す……。


 遠足、当日のことだった。

 担任の先生から聞かされた集合時間、集合場所に向かえば、そこには他のクラスも他の先生もおらず――つまり、五年二組は、クラスまとめて、大遅刻をした……その原因は担任の先生が待ち合わせの場所を、聞き間違えたからである。


 遠足のしおりにも、間違った待ち合わせ場所が記載されており……、聞き間違えた先生が作ったのだから仕方ない。しおりを作るのが学年主任であれば間違いは起きなかっただろうが、クラスのしおりはその担任が作る、というルールであるため、聞き間違えた時点で全てが瓦解するのだ……、苦い思い出だった。


 あの時のクラス全員のパニックは、災害を想像させるものだった。


 なんとか、クラス委員長を含め、優等生数人がみんなをまとめて、学校に問い合わせて、正確な情報を知り得たからこそ、遅れて遠足に合流できたが……。

 あのまま、全員がパニックのまま冷静にならなければ、最悪、事故や事件が起きていたかもしれない……。その一件があって、担任の先生も強めに怒られたらしいが……、普段の楽観的な担任の姿を見ていると、平気で同じ失敗をしそうである――……そして、あれから半年。


 やってくる遠足の主導はもちろん、担任である先生だ。

 彼女が聞き間違えていれば、その後のしおりが瓦解するので、ここで入念に彼女の理解をチェックするべきだ。

 大人にするべき確認ではないかもしれないが……、前科があるのだから、ここはがまんしてもらうしかない。


「他のクラスと情報の違いがないかを確認するべし!」

「あいっ、りょうかいした!」


 見えている落とし穴を塞いでいくように、五年二組の面々が動き出す。

 早い話、担任の先生よりも先に、しおりに載せる情報を学年主任から聞き出せばいいのだが、それだと担任の立場がない。彼女だって、同じ失敗をしないように、前回のリベンジのつもりで仕事をしているかもしれないのだ……なのに、生徒が教師の仕事を奪うように動いては、リベンジに水を差すことになる……。なので表立っては動けない。だから水面下で……後でばれたらきっと先生は拗ねるだろうけど、大遅刻するよりはマシだろう。


 幸い、持ち上げればすぐに機嫌を直す簡単な先生である。


「あっ、先生が会議から戻ってきたわ。みんな、予定通りに質問攻めよ!!」


 〇


「あら、みなさん、興味津々に前のめりになって……どうしたの?」


 生徒に囲まれた担任教師は戸惑いながらも、「人気者はつらいわねえ」とでも言いたげな顔になっていた。確かに失敗ばかりの先生ではあるが、だからこそか、生徒からの好感度は高い……好かれる先生である。

 まあ、仕事の上での信用はないけれど。


「先生……、遠足の集合時間と、集合場所を、聞いてもいいですか?」

「え? ……やあねえもう、また前回みたいな失敗をすると思ってるの? ないない――、一度経験したんだから、私だって学習するわよお、同じ失敗はしないわ」


 よくしているけど。

 ……何度、同じ授業をしているのか……、教科書のどこまで進めたのか、彼女はメモさえ残さないのだ。記憶に頼って……結果、その記憶も信用できない。


 生徒に指摘されて気づくのが彼女らしさだ。


「はいはい、分かりましたから、先生――会議で聞いたことを素直に吐いてください」

「あれ? どうして詰められているのかしら?」

「先生」


 もー、と頬を膨らませる担任教師は、可愛らしく指を顎に添え(二十代なのでまだ似合う仕草だ)。

「えっとね……」

 しかし、その先が出てこない。

 メモも取らないのだから、記憶が頼りなのだけど、ぱっと出ないとなると、出される情報に不安になる……。


「先生、まさかまた……」

「あれ? 主任、なんて言ったんだっけ……? ごめんね、聞き逃しちゃったっ!」


『聞き間違いすら起こらないの!?!?』



 …了

 お題「聞き間違いから生じた悲劇」

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