アクトロンの菌糸
全長は二~三メートルほどか。巨大なキノコのような造形をした異界か異星の怪物だった。傘の部分に存在する顔は子供の落書きにしか見えない。線のような口と点のような凛々しい瞳。
「……嗚呼、とうとうボクが食べられる番ノポね」
デカキノコはアズレアとグレンの牙を見て達観すると、地面にひっくり返ってしまう。グレンは怪訝そうにアズレアを睨んだ。
「だから変なものを持ち帰るのは嫌なんだ。説明しろ。これはなんだ」
「アクトロンの菌糸という異星の知的生命体だな。惑星自体が侵略されていて、彼らの種族は肉厚で旨味があるため養殖され、販売されている。少しサーチすれば出てくるぞ?」
ホログラムが映し出す検索結果。【宇宙(ドン)・ポルチーニ】などといって調理法やら飼育方法、販売元。デカキノコも目撃しているためか可哀想なぐらい震えていた。
“それも食品レビューするん?”
“でかすぎて邪魔そう”
“言語通じるのか……てか何でもかんでも宇宙ってつければいいわけじゃないだろ”
「言葉はさっき通じるようにした。我の力でな?」
気づいたときには青い炎が理解できない言語を形成してキノコの前に浮かんでいた。«青き番犬(ロスト)の禁章(・ファーディア)»の誓いが刻まれていく。
「それでどうするんだ? このデカイの。売れば結構な金になるみたいだが」
「いいや。目先の金に囚われてはいけない。こいつは君の補助にした。君が強くなるためにな? すでに誓いも施しておいたぞ?」
「おい、誰がこんなデカキノコを仲間にして強く――――」
「ありがとのぽー! ボクはね。アレキサンダー! アクトロンと違ってこの星はすっごく豊かのぽね。これからよろしくのぽー」
デカキノコは晴天の空と地平線を見渡してから、似付かわしくない名乗りをあげた。先手を打つようにめざとく撮影ドローンにもアピールを繰り返す。
“マスコット枠?”
“にしてはでかいだろ……野郎の倍近くあるぞ”
「何がよろしくのぽー、だ。ふざけた語尾しやがって。俺は一言もお前を、デカキノコを補助だの助手だのにするなんて言ってない」
「まぁまぁそう言わずにのぽ」
アレキサンダーは図体に反してあまりにちんちくりんな手でグレンをむにゅりと握るとそのまま軽々と持ち上げ傘の上に乗せた。続けてアズレアも持ち上げ容易く載せていく。
「ボクが代わりに歩いてあげられるのぽ!」
アズレアは少し想定外だったのかほんの一瞬、きょとんと呆けていたが。すぐに嘲笑を浮かべ直してあざとく膝を曲げて座り込んだ。
「どうだ? この優しさと無警戒さとアホさと食べると美味しいという要素が彼らの種族を家畜同然にしたわけだが。まぁ便利だろう?」
のそのそと、歩き出すアレキサンダー。街とは逆方向だった。グレンはわずかに近づいた空を見上げ、眩く照りつける太陽を前に目を細める。
「いや、ここ砂漠地帯だからどちらかといえば傘の下にいたい」
「了解のぽ! 兄貴」
「兄貴……。いや、デカキノコを弟にした記憶はないが」
“ちょっと照れてんじゃねえよ”
“グレンが下に降りたせいでドローンがアズレアちゃんとどっちを映すか悩んでアングルが遠くなってる”
アクトロンの菌糸なんて名称だとやや怪物味は増してしまうが。敵意や裏切りの兆候は皆無。
それどころか、アズレアに対してナノほどの疑心もない様子だった。グレンは流されるままの自分に嫌気を覚えながら、傘によって生まれた影の僅かな心地よさに顔を緩める。
「……アシスタントって四六時中あんたのとこいなきゃいけないのか? 俺は俺でエーテル電光に一定金額の金銭(ライフ)か異界道具か特異点技術かを渡さないと処分されるんだが」
「払えないとどうなるのぽ? 食われるのぽ?」
「いや、喰われはしないが……。お前が見つかったら差し押さえされるかもしれない。おい、冗談だから立ち止まるな」
「安心したまえ。いくら我とて24時間アシスタントが必要とは思っていないさ。それともなにかね? 君はアシスタントを理由に我の機体のボディ洗浄から蓄電まで、手取り足取り手助けしたかったかにゃぁ?」
キノコの傘の上から半身を覗かせるアズレア。長い髪が遮光カーテンのように正面を遮っていた。
“はい! 手取り足取りしたいです”
“食べたいノポ”
“変な語尾ミゴねぇ……”
“穢らわしいキノコ共が”
「俺にそんな趣味はない……! それで、取り分はどうする」
グレンは赤くなっていく顔を牙を軋ませ誤魔化した。すぐに話題を切り替えて話の軌道を修正していく。
「最初にも言ったようにスカベンジの収入の全部はくれてやる」
「収入を? 全部? ならどうしてあんな場所まで行ってたんだ?」
「ふん、照れることを聞かないでくれ給え。言っただろう? 君を待っていたと」
どうやら本当の理由を言うつもりはないらしい。見下ろす双眸は青く妖しく蛍光を帯びていたが、やがて顔を上げ戻すと遠くを見渡して欠伸。人形らしさの欠片もない。
無駄な会話と共に歩き続けること数時間。
こんな場所でも撮影ドローンは律儀に稼働し続ける。ポツポツと、船内を歩き回ったときと比べて視聴者は減っていたがそれでも依然としてコメントも流れ続けていた。
やがて、赤い岩肌の丘陵を登り切るとJ14区エーテル電光区画外郭街が見えた。街全体を覆う青色の光は赤い荒野にまで漂い点滅している。
絢爛なネオンとも違う青白い光が道を灯していた。
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