発掘品
「……あのキレ散らかしてるコメントは無視でいいのか? 俺がとても殺意を向けられているみたいなんだが」
「君は誰とも知らんやつに負けるほど弱くはないさ。ほら、君の本来の目的を果たそうじゃあないか……扉を開けたておくれ? 疲れるのだよ。少なからず感情を浪費するからさ」
「自分で開けられるくせに……」
ダン! と、ハンマーの本来に使い方をもって扉を何度も殴打し、一枚、二枚と留め具を破砕し打ち倒すと、白い冷気が全身を突き刺した。
「寒ッ……凍えるぞこんな場所入ったら」
「マイナス40℃ほどかね? 確かに常人は防寒装備なく入れば頭が凍り付くな。だが、我は機械で君は強い。問題はないさ」
ふん、としたり顔。青い瞳は自信過剰。揺れる長髪は傲岸不遜。
あんまりにも堂々としていて美しさすら錯覚しそうになってくる。グレンは自分自身の感性と本能を嫌悪してぎゅっと、数秒ほど目を瞑った。
“凍える~^”
“問題はないさ(根拠もない)”
“凍え死ね”
「好き勝手言いやがってくそがよ。おい、行くぞ。誰が死ぬか」
「短気だなぁ。君ぃ。寒いから抱っこしてくれないか? おんぶでもいいが」
「は? なんで?」
“は? なんで?”
“イチャつくな”
“そんなぽっと出の便利屋より俺のほうが強いから。なんで俺がこんなに応援してるのにそんな虫けらの底辺奴隷缶人と親しくするの? アズレアちゃんはもっと人を選ぶべきだよ。50000L”
わずかな沈黙。アズレアはコメントから目を背けると、自らの球体関節を指差す。
「寒いと動きづらいんだ……。機械が稼働できるように通常以上にエネルギーを浪費するからさぁ。……ん、ダメかね?」
「はぁ……。絶対嘘だろそれ。お前がそんな弱点を残すはずがない」
グレンはぼやきながらアズレアを背負った。少女は軽くて、肌は凍え冷たいのに、微妙な柔らかさが背を撫でる。
「君は変わらないな」
「何意味わかんないこと言ってんだ。こんな短時間でなんも変わるわけないだろ」
からかいもキャラ作りもなくこぼれ出た不可解な呟きを、理解できないから聞き流した。冷凍庫は人の管理が無くなっているせいか床は凍り付き、霜に覆われ、無数のツララが伸びている。
「貨物はだいぶあるようだな。一番の狙いは特異点技術か異界道具だ。まぁ、高望みだがね。では一つずつ確かめていくぞー。頼んだぞ君ぃ」
「あーはいはい。アシスタントの仕事がこれか……」
倉庫内部には宇宙アメーバも見当たらない。地味なことに一つずつ梱包箱を壊すか引っぺがして中身を確かめていく。
“カメラレンズ凍ってなんも見えない”
“カメラ電池切れてない?”
“アズレアちゃん? 撮影ドローン死んでるよ?”
「おい、ドローンが墜落してるんだがいいのか?」
「よくない。どうやら気温が低すぎて電池が切れたようだなぁ。仕方ない。君ぃ、急ぎで頼んだぁ、ぞ?」
パチンとウィンクに合わせてホログラムのハートが飛ぶ。グレンは心底嫌な表情で牙を軋ませた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
“んc”
“んc。おかえり”
“あ、着いた”
“カメラ治ったら外いるじゃん”
クライオニクス星間倉庫船を出た。燦々と照りつける太陽光を浴びると撮影ドローンが復活して周囲を映し出す。
吹き荒む赤い砂塵。地平線の果てまで伸びるような褐色の地面。気温差で立ち眩みそうだった。
「あーあー? ようやく見えるようになったみたいだねぇ? いやー、申し訳ない。どうやら撮影ドローンが稼働できるための温度を保とうとして一瞬でバッテリーを使い切ったみたいでな。次までには対寒加工をしておこう」
謝意はあるんだかないんだか。おそらくはない。アズレアはグレンに背負われたまま暑さに項垂れるようにだらけた態度で頭だけをクイと下げた。
“詫びスケベ”
“私は許そう。だがこいつが許すかな”
“詫びれ”
「あーもう仕方ないなぁ。ほら、これでいいか?」
アズレアは脱力しきったまま、寒さと熱気に魘されて赤らんだまま、投げやりに片腕を上げた。はらりと、肩の出た衣服の隙間から球体関節の脇と、しなやかな背が配信画面に映し出される。
“ヌッ! 40000L”
“これどこの企業の機体なの? アズレアちゃんモデル買いたい。60000L”
“52000L”
呆れることに大盛りあがりで、どうして宇宙アメーバと戦っているのか分からない程度の金額が大量投下されていた。
「なんでこんなので大量に……」
「我の完璧な可愛さを観たい視聴者さんは貢ぐしかないからなぁ? さて、視聴者諸君が見れなかった戦利品発表の時間だぞー!」
必要もない牙を見せてアズレアはニヤリと笑みを浮かべた。ジトリと見詰めてきてアイコンタクト。グレンはしぶしぶと回収した物品を次元バッグから取り出していく。
金属の塊。扉の残骸。宇宙アメーバの金繊維。監視カメラ。液体ヘリウム。もとから入ってた飴玉。壊れたままの武器……。
鞄は無尽蔵にガラクタばかりを詰め込まれたことを訴えるかのように、取り出すたびにギチギチと悲鳴にも似た音を響かせていく。
“恐怖! クソゴミ鞄”
“可哀想”
“次元バッグって別になんでもいくらでも入るわけじゃないだろ……”
“シンプルに汚い”
「ちょっと残念な結果から言うとあまり金目の物はなかったぞ? まぁなのでな。代わりに二重扉の金属を溶かして拝借したり、監視カメラを丸ごといただいたりしたのが主だな」
アズレアは背負われたまま撮影ドローンに向けて解説していく。赤い荒野のど真ん中、突き刺すような晴天でなければ闇市みたいな品揃えだ。
「……まぁ、一応冷凍庫から拝借したやつも出すぞ。詰め直すの大変だが。主にあったのは宇宙食だ。オイ、なんで物品しか映さないんだよ。失礼なドローンだな」
宇宙カレーなる食品がほとんどだった。まぁ、食事代の削減にはなるだろう。
「マイハウスに戻ったらぁ、実食レビューをしちゃうぞ? 彼がな」
グレンは返答をせずに取り出し続けた。菓子類。飲料。冷凍された不定形。異形の魚。不明な甲殻類。だんだんとゲテモノ展覧会になっていく。
“何見せられてるんだ? これ”
“企業廃墟も外郭探査も発掘物なんて大体意味不明なんだよなぁ”
「そしてぇ! 今回見つけたなかで一番の当たりがこれだ。……おい、早く取り出したまえ君ぃ」
「引っ掛かってでないんだよ!! まだ凍ってるし……!」
「貸せ。我が引っ張ってやる」
「ならまず俺の背中から降りろ!!」
“もったいない”
“アズレアちゃん。オレならずっとアズレアちゃんのことを背負ってあげられるし、椅子にでもベッドにでもなれるよ。だからその親指の爪を切ったあとの端っこみたいなやつから離れていいんだよ? 80000L”
「誰が足の親指の爪だ! 匿名だからって好き勝手言いやがって……」
「ふん、そんなものにいちいち怒鳴るんじゃないぞ。君も子供だな」
スンと、アズレアは華奢な脚で可憐に赤褐色の大地に降り立った。優雅に揺れる青く長い髪が陽光に煌めく。
そして情緒なく乱雑に腕を鞄に突っ込んだ。そのまま、肩を360度高速回転。人間技じゃない。
ともあれようやく引っこ抜けた。勢いよく吹き飛ぶ鞄。散らばる私物。グレンの死んだ眼差しを他所に、取り出されたそれは一瞬にしてぼよんと膨らんでいく。
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