ギリギリの1匹
近づいてくる不定形の肉塊へ向けて躊躇いなく振り下ろすと、どちゃりと。あっけなくアメーバは押し潰れた。しかし物理的な対処自体は無意味なのだろう。雷熱に触れた箇所以外の目立った損傷が見られない。
宇宙アメーバは擬似的に形成した無数の瞳でこちらを見上げながら、不定形の身体を鋭く伸ばして鎌のように振るい薙ぐ。
斬撃を、鉄底の前蹴りで打ち落とした。粘液質で、ぶにゃりとした触覚が伝うが、鋭利だ。掠めた服の裾が断ち切れていた。
「んん~? 打つ手なしかなゃ? 参った。助けてくださいアズレア様ぁって言ったら手伝ってやるが」
背後から響くふざけた言葉。振り向くと、アズレアはすでに片付けを終えていた。不快に鼻を撫でる焦げ臭さ。通路に僅かに残る蒼炎。
手に握られた機械仕掛けのナイフが二本、青く淡く蛍光していた。
“装備の値段が違い過ぎる。格差マッチじゃん”
“実力もだろ? 8888”
“もっとドローン、ローアングルでお願いします。45000L”
「しかたないなぁ? もっと我としては格好いい系で通したいんだがなぁ。【青契】ちゃん可愛い? どう?」
地面スレスレを滞空し、アズレアを見上げるように映し出すドローン。アズレア自身はつま先で立って決めポーズ。
苛立ちと呆れ、自分の無力さが嫌でグレンは顔を顰めた。
「参った。助けてくださいアズレア様」
だが、本当に助けてくれるのならばプライドなど持ち合わせていない。
迫りくるアメーバの群れを着実と削り凌ぎながらも、時間の無駄だったし。さっさと言葉を誠意もなく口にした。
アズレアはうへぇ、と面倒臭そうにジトリとした眼差しを向けてくる。
「おい……そういうのはできることを全て出しきってからにせい! ベルトポーチに他の武器がぶら下がっているじゃないかぁ!」
自律誘導雷機(センチドローン)のことを言っているのだろう。不服を訴えながらも彼女は渋々と双刃を構え直す。
「まぁ、言ったことは守るが……お前もちゃんと戦え。でないと誓約違反だぞぉ……!」
鋭い睥睨が向かうと、不意に胸元に灯りが広がった。熱を持たない蒼い炎が身体から溢れ溢れていく。
「これは……っ」
「言っただろう? 君はもう我のアシスタントなのだよ。職務が果たせないなら先に説明した通り、心臓の炎は燃え広がっちゃうぞ? んで~、このままだと助けちゃうぞ?」
“ひえっ”
“人でなし。……人形だけに”
“アズレアの血は何色だーーッ!”
ギィと。僅かに軋むと次の刹那、少女は舞い跳んでいた。
加速とともに刃を後追う蒼い軌跡が一匹、二匹と斬り薙ぐと、斬撃の円弧が旋回し、天井を蹴って勢いよく急降下する。――三匹、四匹。
怪物は反応すらできずに切断面から燃えてしまうと、またたく間に塵に帰っていく。残りは五匹。
「おい、待て――!」
嫌な予感がしてグレンは声をあげた。勢いを強める胸元のかがり火。もし彼女が全てを一人で倒しきったらどうなるか。
結論が付く前に行動するしかなかった。牙を軋ませながらドローンの起動ボタンを深く押し込む。
頭を突き刺す僅かな痛み。脳波で機体操作を行なうために同調した証拠だ。
手のひら程度の大きさをした無数の金属球が宙を漂うと、激しく空気を切り裂くように雷撃を奔らせていく。
起動から展開までの間に怪物の大半が燃えカスへと変わっていた。アズレアの凄烈な連撃は不定形の鎌を打ち流すことなく寸断し、残る二匹へと迫る。
「ッ――!」
グレンはアズレアから遠い一匹のみを狙い澄ました。
滑空する無数の金属球から炸裂する光雷。号砲のように白い稲妻を解き放ち、アズレアの刃が触れるより僅かに早く残り一匹になっていた宇宙アメーバを焼き消した。
「おや? 我の助けはいらんかったか? 能ある便利屋は武器を隠すと言うが、本当に能があるならな? バレたところで問題はないんだよぉ。我みたいにぃ……」
ヘラヘラと嘲る笑顔。誰かも分からない視聴者に全てを曝け出しているやつの言葉は思っていたよりも重い。
牙を見せる笑み、そして青く煌めく瞳には絶対的な自信が隠れることなく見え透けていた。グレンは痛む頭を押さえながらドローンを手元に呼び戻した。
ため息には不満と安堵の両方が交じる。
“早く倉庫を見せろ”
“宇宙アメーバの筋繊維、結構高値で買い取るとこなかった? 焦げてそうだけど”
“グレンおじさんがあの一匹殺せなかったらどうなってたの?”
“おじさんって年齢でもないだろ……”
好き勝手なコメント群。しかし、気になることを聞いてくれていた。
「俺はおじさんじゃない。……それで、あのまま俺が何もしなかったらどうなってたんだ?」
「別にぃ? 死にはしないとも。我があんな下等生物ごときにアシスタントが必要だと思うかね? 炎は脅しじゃ~ぞ? と」
言葉とともに沈静化していく蒼い灯火。
「人騒がせな……死ぬかと思ったんだぞ」
苦情をいなす微笑み。
アズレアはグレンを見上げると、細い指で顎を持ち上げた。無数に浮かぶコメント群とホログラムを自在に操って、威光のごとき青いバックライトが煌めく。
ジトリと湿度を帯びた眼差しがグレンの身体を強張らせ、頬を引き攣らせていた。
「……驚いただろう? まぁ、本当に必要なときや君が裏切るときは遠慮なく燃え広がるがね。けど我は知っているとも。君はそんなことはしないってのぉ?」
「まぁ……で済む内容じゃないんだよな」
なんの保証もない信頼がさっき会ったばかりのはずだというのに正面切って向けられる。
ふざけているのか茶化しているのか。しかし不快になりきれずに、苦笑いを浮かべるしかなかった。嫌な感化を受けている気がしてならない。
“グレン、変わってくれ”
“顎クイし返せ”
“「指定禁止用語」。俺はずっとプレミア配信もスパチャもしてきたのに、どうして俺じゃなくてそんな偶然会ったやつなんだよ。アズレアちゃん? DM送ったから今度こそコラボしよう? 250000L”
茶化す波をぶち抜いて、長文の赤色コメントが怒りと欲情を滲ませる。グレンは困ったように視線を向けたが。アズレアも同様に目を細めるだけだった。
「ほら、変なことするから変な人が怒ってるじゃないか」
「口悪いなぁ……君ぃ。してコメントは読んだ。入金ありがとう。だがコラボはしない。それに勘違いしないでくれたまえ。偶然ではないからな? そう、これは運命……!」
――偶然ではない? ならアズレアはこんな場所で、配信だのと言いながら無名の便利屋でしかない自分を待ち伏せていた?
それこそおかしな話だ。……こんなのに絡まれる筋合いはないはずだから。
「どういう意味だ。俺が来るのを知ってたのか?」
「うーん、秘密♡」
不信感を突き刺したところで、大袈裟に演技掛かって恍惚とするアズレアに時間を割くだけで無駄だった。翻弄されているだけだ。
少女の形をした機械は、グレンの気配を機敏に捉え、視線が無くなるや否や興が冷めるように無表情に戻る。
「おっと、話が逸れてしまった。気を取り直して探索の再開と行こうかぁ?」
アズレアはスレッジハンマーに叩き飛ばされた扉の残骸をひょいと持ち上げて道の片隅に突き刺すと、通路の奥へと進んでいく。
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