第五章  教師/刑事/血族 ~3~



 木海月きくらげ刑事はスマホを片手に写真を撮影する。

 僕や白白しらしろともメを含めて、どんな状況にあるのか、家具の配置や部屋に持ち込まれた道具もすべて、一枚ずつ丁寧に写真を撮る。今この現場は木海月きくらげ刑事が来たことで、現物の証拠となったわけだ。


 ・・・・・・本当に冷や冷やした。

 前日に茨咲いばらさき宅で木海月刑事に連絡を取っていたが、それは今日この日の為である。十中八九、藍乃あおの夫妻の元へ行けば何かが起こるという、直感にも似た確信があった。だからこそ、自分に何かあった場合に備え、二の矢として木海月刑事には藍乃宅へ行ってもらうようお願いしていた(勿論、天宮剣一あまみやけんいちを拘束後にね)。


 ただ、藍乃夫妻には効果的だったらしい。英雄の家へ赴き二人と話したとき、二人は木海月刑事と面識があることを僕に話していた。だからこそ、今目の前にいる人が誰なのか理解している。だからこそ二人は唖然と――まてよ。


 たしか木海月刑事は、父さん母さんって・・・・・・。


「流石だよ兎音とおとくん、君の見立て通りだ。命に別状はないかい?」


 一通り写真を取り終えたのか、スマホをポケットにしまい僕を見る。


「ええ、まあ。死んでないだけマシです」

「マシって状態じゃあないだろ。けど安心してくれ、僕が来た」

「君はたしか、物語特別対策部捜査第一課の、木海月真実きくらげまこと? どうしてここに居る!」

「一度会っただけなのに、よく覚えてらっしゃる。流石父さん」


 白白は明らかに参っている。

 突如として現れた自分のことを父さんと呼ぶ、刑事の乱入に。

 僕も何が何だかわからず、藍乃夫妻同様に呆気にとられる。

 木海月刑事は周りを一瞥して、僕の傍へと近づく。

 ポケットから折り畳みナイフを取り出すと、僕のロープを切り、これでようやく僕の身体は自由となった。


「もっと早く来れたんじゃないですか?」

「僕はただの刑事じゃないんだよ? 立場もあるし天宮をしょっぴくための、一般警察への報告と工作もしなくちゃいけない。あの場にいた二人を含めてね」

「それでも、もっと早く来てほしかったです」

「でも君は生きている」


 木海月刑事は僕の肩に手を乗せると、親指を立てグッジョブした。


「兎音くんがこうして時間を稼いでくれたおかげで、君が死ぬ前に君を僕が助け出すことができた」

「そうですか・・・・・・よかった」

「天宮も逃げ出すことはできないだろうし、よく頑張った、相棒」


 ホッとした。

 いよいよ終わりかと思ったが、九死に一生を得るとはまさにこのことだ。

 僕は一息つくと、肩の力を抜き安堵する。


「おい。勝手に話を進めるな。我々の問いの答えろ、木海月真実」

 おおよそ平静ではない白白は急くように言う。

「何故お前がここにいる、何故水扇兎音がここにいるとわかった、どうやってここへ入った――何故、我々の邪魔をする」


 肩を落とした木海月刑事は、腕時計で時間を確認したのち、白白を視る。


「猶予はまだありますが・・・・・・、端的に答えましょう」


 訝しげな表情を浮かべる白白に、木海月刑事は言った。


「僕がここへ来たのは水扇兎音くんを助けるため。そして、ここに兎音くんがいるとわかったのは、兎音くんの読みが冴えていたおかげだ。因みに、僕がこの家に侵入した方法は簡単だよ。二階のバルコニーから不法侵入した。最後に、僕が邪魔をする理由は親の非行を止めるという、子としての責務を全うするためだよ。父さん」


「父さんと言うな。我々は君の父親になった覚えはない」

「いーや。貴方は僕の――俺の父さんで、貴女は母さんだ。疑いの余地など一ミリもない」


 そう話した木海月刑事は、自身の首根っこへ腕を突っ込む。

 僕は木海月刑事が何をしているのかわからず、ただただ行われている光景を眺めた。

 木海月刑事は突っ込んだ腕を引き出すと、肌色の何かが取れた。一瞬自分の皮膚を引きちぎったのかと思ったが、そうじゃなかった。さながらスパイ映画のように、顔に張り付けたマスクを乱雑に脱ぎ捨て――否、破り捨てる。床へと投げ捨てられたマスクは、木海月刑事と同じような輪郭、肌つやをしているが、そこには生気がない。


 僕は今まで木海月刑事だった人を見る。

 そのマスクの下は、意外な人物だった。


 乃手坂白雲のてさかしらくも


 僕の担任の先生で、僕の恩師で、その正体は木海月刑事だった。


「父さん母さんが俺のことを忘れていたとしても、俺は忘れちゃいないさ」

「い、いや。知らないわ。あなたも、あなたも知らないわよね?」


 巴メは動揺しながら、白白の元まで駆け寄る。

 双方、そして僕も困惑を隠すことが難しい。

 それほどまでに、状況が一転二転している。


「木海月刑事は――乃手坂先生? だったんですか」

「まあ兎音くんが困惑するのも無理はない。まっ、それは追々説明するとして、まずは目の前の問題を片付けよう」


 木海月――もとい、乃手坂先生は僕から視線を外し、二人を視る。


「我々は君を知らない。君は誰なんだ?」

「そうか、この姿の俺とは初対面だったか」


 少しだけ乃手坂先生は悲しそうな――寂しそうな顔を浮かべた。

 と、思ったらすぐに表情は変わり、当たり障りのない微笑みを見せる。


「初めまして、父さん母さん。私立英雄譚高等学校普通科二年四組担任、〈役学〉を教えています、乃手坂白雲です。そして――」


 先ほどまでの緩んだ表情を崩し、乃手坂先生は睨みを利かせる。


藍乃英傑あおのえいけつ。名を覚えているでしょう? 二人が捨てた、子の名前を」

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