第五章  教師/刑事/血族 ~2ー1~



 頭部に衝撃が走る、麻痺していた後頭部の痛みが蘇る。

 意識は飛ばなかった。幸か不幸かおそらく、ともメが振りかぶったスパナと僕との距離、そして僕が首を回転させていたことによって、直撃は免れた。掠っただけと言えばそれなりの軽傷だと想像するかもしれないが、現実、そうでもない。


 反射的に、無意識に回転させた首はスパナの直撃を回避したが、正面からの直撃が免れただけで、しっかりと僕の頭蓋骨と脳には響いている。


 現に・・・・・・。

「血が・・・・・・、やべぇ・・・・・・」


 肉が抉れた? 否、割いた?

 想像したくない。それに何だろう、痛すぎて痛くない? これってば、病院行ったら治るのかな?

骨まで到達していなければ御の字だけど、そうでなかったら・・・・・・鏡は見たくないね。


 ・・・・・・ってか、このスパナみたことある、モンキースパナじゃん。おもってたいたよりでけー・・・・・・あれ? こいつ、またなぐろうと・・・・・・。


「こら。少し落ち着きなさい」

「でも! このガキがいけないのよ! 私たちを悪く言うから!」

「ああ、わかってる。だが、死んでは元も子もない。我々の目的は少しでも長く、水扇兎音すいせんとおとを苦しませ英雄えいゆうを殺したことを懺悔させることだろう?」

「それもわかってるわ! でも!」

「勿論、巴メの気持ちがわからないわけないだろ? しかし、殺してしまえばそれまでなんだ。簡単に殺してしまったら、英雄も報われないだろう? それとコップ一杯の水を用意してくれないかい?」


 巴メはスパナを床に放り投げると、台所へと移動する。

 痛みで意識が朦朧とする、もしかするとしっかり命中していた?

 ともかく、血が目に入ることだけは避けないと。


 激しく頭を動かさないよう注意し、頭を左の方向へ傾け血を左へと流す。赤黒い血が床へと滴り落ちる。白白しらしろは受け取ったコップ一杯の水を、僕の頬を鷲掴みにしてすべてぶっかけた。傷口に水が入り激痛が走る。なるべく頭を動かさないよう俯いた姿勢のまま、水と血が目に入らないよう気を付けつつ白白を視る。


 目が醒めた、それにアドレナリンも効いてきた。痛覚が麻痺しているのがわかる。


「どうだ、目が覚めただろ? また眠ってしまっては、復讐は続けられん」


 白白は動じず、眉をピクリとも動かすことなく対応する。


「目の前で人が殴られて――大怪我しているのに、何とも思わないんですね」

「生きていれば怪我はする。それがいつどこで誰に起きようと、我々には関係ないな」

「ふっ。関係ないか。そうだよね」

「何が言いたい・・・・・・」


「だって関係ないんでしょ? 誰が傷ついても? たとえ娘である英雄が傷つこうと、関係ないわけだ。切り捨てることを躊躇わない合理的で、ご立派な父親だって思って」

「君の言っていることの意図が伝わらない」


「心ですよ。あんたらは英雄の心に深い傷を残した。ただ、ご立派な夫婦は、どうも英雄が傷つき苦しんでいたことに気づきもせず、関係ないと。そうお思いなんだろうな、と」

「違うわ! 貴方が英雄を苦しめていたのよ!」

「そうですよ。僕にもその責任はある。でも家族であるあんたらにもその責任はある」

「君はひょっとして――君と我々は英雄を死に追いやった・・・・・・いわば共犯者とでも言いたいのかい?」

「ふん。良くご理解しているじゃありませんか」

「痴れ者が」


 白白は眉をひそめ怪訝な表情を浮かべると、足先をトントンと貧乏ゆすりする。

 巴メは僕を鬼の如く睨みつける。


 既に危機的状況であることは変わりないが、そんな中でも一触即発といった状況。どうやら巴メが僕を殴ったあたりから、白白もだんだん行動が大胆に太々しいものへと様変わりしてきた。


 白白は床に落ちたスパナを拾い上げ、手の平にぺちぺちと叩き始める。

 相当イライラしているのだろうと、僕は思いながら鼻で笑う。

 本来こういう場面では、慎重に事を運ばねばならないのだろうが、お生憎様、僕はそこまで要領のいいことはできない。


「思い返せば、英雄が拒んでいることを強制的にやらせたりしていたんでしょ? 本人の同意もなく、売春行為をさせる人たちだ。絶対にやっているに決まっている」

「・・・・・・・・・・・・」

「そんなことないわ! すべて英雄の為にやっていることよ!」

「話が逸れてるぞ! 僕が言っているのは・・・・・・!」


 白白はしゃがむと、スパナを腕ごと自分の後方まで伸ばし構える。そして風を切るようにスイングしたスパナは、僕の脛に直撃した。部屋中に鉄と骨が衝突し、砕ける音が響く。


 激痛だ。

 麻痺していた痛覚が再び呼び戻される。意識外からの痛みとそうでない痛みは、これほどまでに違うのか。僕は瞼を閉じて、歯を食いしばり必死に痛みに堪える。冷汗が止まらない。殴られた脛を中心に、花びらのように電気が走るような、全身の神経が騒めくような激痛。


「話したよな? 置かれている立場を理解しろと、言葉に気をつけろと」

「ぁ、ぅう、ううう・・・・・・」

「君は自由に発言できる状況下にいるのか、今一度考えるといい」

「・・・・・・あ゙あ゙っ、くそっ」


 白白は無理矢理自分と目線を合わさるよう、僕の頬を顎から掴む。

 痛みに呻く僕なんか気にしていないのか、無視して続ける。


「言ったよね? これは復讐だと。我々は君が〈許してください、ごめんなさい〉と懇願するそのときまで、痛みを伴う復讐は続けるつもりだ」

「くぅ・・・・・・」

「最初はまず後頭部、腹部、前頭部、そして脛だ。まだ四肢は健全、時間もある」

「・・・・・・ふー、ふーう。で?」

「英雄が苦しんだ分だけ君を痛めつける。君に拒む権利はない。だが我々も鬼ではない。懺悔する時間と、覚悟を固める時間、あと神にでも祈る時間を与えよう」


 ごみを捨てるように手を離すと、白白は僕を眺めながら返答を待つ。


「苦しめたのは、あんたらだろ」

「まったく。苛立ちを通り越して呆れるよ、君の頑固さには」


 白白はカックシ肩を落とすと俯き、深いため息を吐く。

 巴メが白白の傍まで寄り、背中に手の平をそっと添える。

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