第三章 元・物語主人公/藍乃夫妻 ~2ー2~
「
「・・・・・・・・・・・・?」
僕は不思議な表情を浮かべたのだろう。
「英雄少女は歴代主人公の中でもトップクラスの魅力を持っていた。容姿や才能に加え努力家で計算高く、文句ひとつ言わない精神を御する心――勿論、私の方が上だがね。だが、彼女が私のことをどう思っているのか、正直わからないんだよ」
「わからない? 主人公だった先生でも、ですか」
「別に人の心が読めるわけでもないからね、私は完璧であって超人じゃない」
そう言うと、どこか遠くを見るように静かに答える。
「彼女は私のことをどう思っていたのか、何を考え行動していたのか。内心ドギマギしているんだ」
変わらず表情は笑顔のまま崩さない。
笑顔を保ち続けることで考えを悟らせないつもりなのだろうか。
天宮が
「そんなことないですよ」
僕も天宮と同じく笑顔を浮かべる。
とびっきりの笑顔じゃなくていい。
少し微笑むくらいの、柔和な笑顔を浮かべるだけでいい、相手が少し安心するくらいの。
それくらいの笑顔で。
「・・・・・・藍乃は、先生にとても感謝していました。『物語に携わる者として必要な覚悟と決意、技術と知識、どれかひとつでも欠けてはならないことを教わったこと。演技に関する悩みも課題も、真摯に聴いてもらい支えとなってくれたこと。――今のあたしを創ったのは、先生、貴方です。立派な主人公になるあたしを見守っていてください』これが、先生に対する、藍乃の思いです」
僕は先生から視線を外し、虚空を視る。
何か慈しむような、そんな感じに。
「立派なことを言ってくれるじゃないか。兎音少年、英雄少女はいつ君にこの話を伝えたのかな?」
「・・・・・・実は自殺を行う直前ではないんです。生前藍乃が先生のことを話していたので、それを僕が紡ぎました。結果的にこれが遺言と言っても差し支えない内容だったので、常々先生には伝えようと思っていたんです」
「そうか、だから『見守っていてください』なのか」
天宮は一人頷きながら肘掛けに肘を置き、顎を拳に置いた。
白衣のスーツと相まって、サイエンティスト感が強めに出ている。
「これはまだ、未来を夢想していた頃の英雄少女の言葉か。彼女がここに存在しないことが、尚のこと惜しいことだ」
「ええ、まったく、そのとおりです」
僕は微笑みを崩さず、共感する。
若干の脚色はあるが、ほぼ間違いなく藍乃の言葉だ。
まだ藍乃が主人公に選ばれる前、その頃に話していたときのことを覚えていて良かったと思う。適当に作り話を聞かせても良かったのだが、物語に携わる人間が僕のような凡人の創った話を信じるだろうか。答えはNOだ。安易な作り話や嘘は簡単にバレる。バレなかったとしても、深く言及されればボロが出る。
やっぱり安易な作り話をする、という選択肢を選ばなくて良かった。案外、天宮は鋭いというか、勘が冴えている。それは会話している中でちょくちょく感じていたし、先ほどの『見守っていてください』という一言から、いつ聞いた話なのか気になっていた。
ただのナルシストだったなら、楽だったのに。
「・・・・・・ぅねん・・・・・・
やばい、諸々で込々なことを悶々と考えてしまった。
僕がここですべきことは、考えることではなく情報収集と信用の獲得。
天宮の領域であるこの場所の配置や室内の形を把握すること。そして、僕に対する不信感を抱かせず、僕のことを信用させる。信用するに足る人物だという印象を与えなくては意味がない。天宮との直接的なパイプを作ることが重要なのだ。思考はあとでも、終わってからでもできる。
「え、ああ、別に何でもないです。どうかしましたか?」
「聞いてなかったのか、ならばもう一度言おう」
天宮は立ち上がると、僕の横に並び肩に手を置く。一瞬何をされるのだろうと身構えたが、別に何かをされるわけでもなく。ただのスキンシップの一環らしい。天宮は空いた片方の手を握り締め、肩と同じ位置に持ってくると、目頭を熱くするように語り始めた。
「私は、どうやら君を誤解していたようだ。私はことあろうに、真偽が定かではない噂に踊らされた。兎音少年、君は噂とは真逆の人間だ! 友に義理堅く、人の想いを汲み取り尊重し、他者を思いやれる心がある。すまない、こんな私を許してくれ」
「そんな、大袈裟ですよ」
「先入観から生徒の性格を決めつけるなんてナンセンス。君には無礼を働いたんだ」
「いやいや、僕は何とも思っていないので、気にしないでください」
「そうか。兎音少年がそこまで言うであれば、気にしないでおこう」
そう言うと、天宮は僕から離れ自分の椅子へと着席する。
どういう情緒で熱く語っていたんだ? 気持ちの切り替えが早いなんてものじゃない。なんと言うか、ナルシストだからこその上から目線な性格が相まっているのか? もしくは、あの語っていたときの表情や仕草も演技だったのか? なんだか付け入る隙がないというか、取っつきにくいというか。
調子が狂うな。
天宮と会話をすればするほど、自分の中でよくわからない人認定されていく。
「私は君と会えてよかったと思うよ、兎音少年」
「え?」
「兎音少年が私と会うために行動を起こしてくれなければ、私は英雄少女の遺言を聞くことはできなかった。この出会いはまさに、運命!」
「は、はあ」
「むむっ、反応が薄いな。――私が兎音少年と会う許可を出していなかったら、君が行動を起こしていなかったら、交わることはなかったということ。・・・・・・まさに運命! だからこそ私は兎音少年に、兎音少年は許可を出した私に感謝するべきなのさ!」
天宮は演説をするかのように、声高らかに話す。
そんな態度に少し苛立ちを覚えながら、僕は首を縦に振る。
ここで共感しておけば、相手から信用されやすくなるだろうし、下手に否定したら別のやり口で熱弁されるかもしれない。ここはあえて、僕が大人な対応をして天宮を気持ちよくさせよう。こんなのを相手にしている特進コースの面々は凄いな。素直に尊敬するよ。
「運命ですか――巡り合わせって感じがして、なんだかいいですね」
「兎音少年も中々良い表現を使うじゃないか」
「そうですか? 主人公だった天宮先生に言われると、なんだか嬉しいです」
「兎音少年こそ嬉しいことを言ってくれる。最近は忙しくて、歓談する暇もなかったからな。随分とリラックスできた」
「へぇー、やっぱり先生クラスになると、猶予も暇もないんですね」
「うーん。アクシデントとイレギュラーな対応を強いられて、窮屈ではあった。事後処理に書類の提出に納税通知・・・・・・特に、
天宮は背もたれに体重を乗せると、一呼吸空けてから背伸びをした。
姿勢を元に戻し、僕を視ながら続けて話す。
「まさか学生である兎音少年に愚痴をこぼしてしまうとは、少々リラックスし過ぎたかな」
「いえいえ、僕としても先生と話せて新鮮でした」
「・・・・・・そうだ。私の愚痴を聞いてくれたお礼に、ひとつ、いいことを教えよう」
「いいこと、ですか」
タダで教えてもらえるのなら、なんでも聞こう。タダより高いものはないと言うが、タダが一番高いのであれば、それにあやかるのが一番賢い選択だと思う。
それがどんなモノでも、情報でも。
「でも、そんな、勿体ないというか申し訳ないというか」
「遠慮しなくていい。兎音少年にとってもそんな話じゃない。物語についてだ。勿論、城漏洩には十分気をつけて話すから、安心したまえ」
「・・・・・・・・・・・・」
ごくりと息を吞む。
「まずは、物語がどのように進行して、どのように国民に届けているか。兎音少年は私の物語を見て疑問に思ったことはなかったかい?」
「あの、凄く言いにくいんですけど。僕は、あまり物語を見たことはないんです」
「えっ・・・・・・っえ?」
天宮は目に見てわかるくらい、動揺した。それも初めて見せる激しい動揺。
「見たことないって、一度もかい!」
「いえ、一度もってわけではないですけど、しっかりと最後まで見たことがないというか。たまに確認するくらいしか」
「ふーーーっむ」
天宮は地獄の門の上部真ん中を陣取っている、考える人のようなポージングを取る。
おそらく、僕が物語をあまり見ないことに驚いているのだろう。
僕がどうして見ないかと訊かれれば、何となく。としか答えられない。テレビはなくても、スマホやラジオでも物語は見れるし聴けるが、どうも気乗りしない。藍乃の努力を知っているが故に、物語に対してあまりポジティブな印象を受けないのかもしれない。
今時物語を観ない、聴かない、知らない人なんて、どこを探しても僕以外にはいないだろう。それほどまでに、物語の認知度と影響力は老若男女幅広く、メジャーなのだ。
考えがまとまったのか、天宮は姿勢を戻す。
「少し歴史と物語の話をしよう・・・・・・・・・・・・」
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