第二章 英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~5~
5
「
この場合、メモしたこと自体問題ではない。否、十分問題行為なのだが、この件に関して言えば、重要視するほどじゃない。ここで一番重要なのは、天宮
世の中には縛りの下にある自由がある。法律や憲法で定めてある事項。
天宮剣一はその事項に触れる行為をした。それは物語に関わる法律。
僕自身、法律は苦手分野であり詳しい部分はわからないが、少なくとも天宮剣一は、『物語に関わる者すべて、役としての責務を負い、全うしなければならない』の中の、『役としての責務』に含まれる『物語及び、物語の進行に関する情報を外部に洩らしてはならない』という規定に違反する。もしかすると天宮剣一が何も話したがらないのは、この事実がバレることを恐れているからかもしれない。
「そうだ。たかが日記、されど日記。物語の主人公が内部の機密情報を洩らしたとなれば、徹底的に〈物語対策部〉の刑事らは捜査するだろうな――証拠として、浅く弱く些細なモノでも。英雄の死と天宮は何ら関係なかったとしても、自分が外部に情報を洩らしたとバレれば、たとえ物語の主人公を務めていたとしても厳罰だしな。自分の輝かしい経歴に泥を塗ることになる」
これなら原良先輩が見たという、天宮剣一の行動にも納得がいくし、万が一日記に書いてある内容がまったくのデタラメだったとしても、次こそ取り調べに応じる他なくなる。これで天宮剣一は限りなく黒に近いことがわかった。一歩前進。
「・・・・・・なるほどね。先生が怪しいのも、先輩と兎音くんの言う通りわかる気がする。でもさ、そうなるとどうして英ちゃんはメモ帳じゃなくて日記帳なんかに書いたのかな? 手持ちがなかったから?」
「さあ、知らね」
「ですね。でも、それも兼ねて当時の状況とか、捜していたモノの正体とか、今の推理・・・・・・? についても、天宮先生に問い詰める必要があると思います」
散々話してきたが、何よりも重要なのはここからだ。
この一言で僕の課せられたミッションの達成難易度が変わってくる。
僕は二人の表情を見ながら、ごくりと空気を肺に入れる。拳を固く握りしめる。我ながらひどく動揺しているようにも思えるが、ただのあがり症が発動しているだけのようだ。情けない。
先ほど肺に溜めた空気を押し出し、口を開く。
「ですので、どうでしょう。お二人とも、僕と一緒に天宮先生の口から真実を話してもらえるよう、協力しませんか?」
ここはおどおどせず、真正面から二人を視る。
意志は固まった。ここでキョロキョロと挙動不審な動きをしては、僕の意思も決意も届きやしない。僕の発言を聞いた
「勿論協力するよ。でも、うちはまだ、先生のこと完璧に黒だとは思えない。物語の機密情報漏洩はたしかに罪だけど、きっと、英ちゃんとの死とは無関係だよ」
その表情からは強固な意志と共に、不安と戸惑いが視られる。
ただ協力はしてくれるのは、ありがたい。
「まあ。俺も協力してやるよ」
愛想なく言う。しかし、少しだけ口角が上がっているような気がする。
ひとまず協力者は増えた。木海月刑事からの依頼も少しはこれで楽になるだろう。
先の問題としては、天宮剣一とどう接触するかが鍵となるわけだが・・・・・・。
僕が思考している間に、茨咲さんは大きく背伸びをする。いつの間にか溌剌とした表情に戻っていた。
「んーんっ、なんだか疲れちゃったねっ! どお? せっかくカラオケに来たんだし、歌わないの勿体なくない? みんな歌おうよぉー」
「いや、僕はそんな・・・・・・」
言い終える前に、「ダメ! 歌うのっ!」と間髪入れず、被せてきた。
ルンルン気分でタブレットから歌う曲を選択し出した茨咲さんは、もう誰にも止めることができないように感じた。現に、原良先輩も腹を括っていたのか、ドリンクを飲んで喉の調整を始めた。
そう言えば、と思い出し原良先輩の傍まで近づく。
「原良先輩に訊きたかったんですけど、どうして先輩は僕たちに協力しようと思ったんですか?」
「あ? どうもねえよ。興味持ったから、暇つぶしにな」
素っ気なく答える原良先輩に、聞き耳を立てていたのか茨咲さんはクスクス笑いながら僕らに視線を移して、喋る。
「先輩ぃ~、嘘はいけないですよ~。兎音くんねっ、うち、先輩にも話聞きに行ったとき、『俺にも協力させろ。知りてーことがある』って自分から言い出したんだから」
チッ、と小さく舌打ちをする原良先輩よそに、茨咲さんは続ける。
「それに先輩は、うちと同じで物語の〈役〉が決まっていたの。たしか〈恋人役〉だったよね? そりゃあ、英ちゃんのこと気に掛けるよっ!」
「そ、そうか・・・・・・。以外です・・・・・・」
「以外で悪かったな。・・・・・・それで言うなら、お前も同じようなもんだ」
「えっ?」
「学校で水扇兎音って奴は有名だ。噂の件もあって、俺はお前のことを最低どクズ野郎って思ってたからな。まあ実際会って話してみりゃあ、所詮は噂。音も葉もねえ、程度の低い噂だったな」
原良先輩の意外な発言に思わず驚いてしまった。
まさか、てっきり嫌われ過ぎているとまで思っていたので、意外以外の言葉が見つからない。
とりあえず、僕は「ありがとうございます」とお辞儀をした。
「・・・・・・ま、一本芯の通った奴だってことはわかった。お前はお前が思っている以上にな」
ヤンキーだからなのだろうか、原良先輩は僕に何か感じる部分があるらしい。
そうこうしている間に、茨咲さんのセットした曲の音楽が鳴り始めた。
「さあさあ、歌っちゃうよっー!」
マイクを持ち元気よく歌う茨咲さんは、まるでアイドルのようだった。
僕はこのひとときを、きっと、いつか、幸福な記憶だと思い出すだろう。
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