第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~4ー3~


 予想外の発言だった。

 的確に外すことなくその名を出してきた。どうして原良はらら先輩は、天宮剣一あまみやけんいちという人物が怪しいと思ったのだろう。原良先輩は僕の反応を見逃すことなく、確信した表情で僕を見る。


「どういうこと」


 茨咲いばらさきさんは驚きの表情を禁じえなかったらしい。

 今まではあくまでも演じるように驚いていたが、今回は素で驚いている。


「天宮先生に限って、そんなこと絶対ないよ。だって、うちと英ちゃんのために付きっ切りで練習に付き合ってくれた。うちらの成長を見守ってくれてたっ・・・・・・。英ちゃんやうちの配役が決まったときは、誰よりも喜んでくた。先生に限ってそんなこと」


 その言葉を聞いて原良先輩は同情するように頷く。

 しかし瞬時に切り替え、鋭い眼光を魅せる。


「知っているよ。こう見えても、俺は英雄えいゆうやノアの指導役だ。お前があいつを信用しているのもな。――なあ、水扇兎音すいせんとおと。お前も俺と同じ考えだろ? まずはお前がどうして、天宮剣一のことを怪しいと睨んだのか、教えてくれよ」


 突かれたくないところを突かれた。

 僕の持っていた情報は、あくまでも木海月きくらげ刑事から受け取ったもの。決して素人じゃ入手できない情報だ。正直に伝えてもいいのだが、誰経由で天宮剣一に情報が洩れるかわからない。上手くいかなかった場合、木海月刑事からの報酬はなかったことになる。

 それだけは絶対避けたい。


「そうですね、色々と考えてみたんですけど、天宮剣一以外ありえないかと」

「ほう」

「天宮剣一は、歴代の物語の中でもトップクラスの演技を魅せたと聞いてます。そんな繊細な演技をして見せるプロである彼が、藍乃あおのの小さな変化に気付かないわけがない。茨咲さんの言うように、付きっ切りで演技の指導を行っていたのであれば、尚のこと藍乃の些細な変化に気づかないわけがない。例え藍乃が歴代の主人公に、勝るとも劣らない天才だったとしても」


 当てずっぽうだ。それなりに根拠があるわけじゃない。

 ただ、それっぽいことを並べているだけ。


「それだけか? それだけじゃ天宮剣一が怪しいとはならんだろ」


 それはそうだ。僕もそう思う。

 だが今は――ここだけは。根拠のない根拠を正当化させなければ、信用なんて勝ち取れない。


「ええ、でも藍乃は『物語に対して違和感を覚えた』と僕に言ったんです。それと『担当の先生に色々と教えてもらった』と。でも、普通考えますか? 物語の存在そのものが変だと?」

「そうだね。うちも考えたことなかったかも」

「僕もです。おそらく藍乃へ色々と教えた担当の先生が天宮剣一で、十中八九、物語の機密情報を伝えていた。だから〈物語に対する違和感〉について僕に話した。そして天宮は藍乃が他人に告げ口しないか、気が気じゃなかったはず」

「だから天宮が怪しいと?」

「まあ、そうですけど。要は、情報漏洩の事実が藍乃から洩れることを恐れ、元主人公から犯罪者へと成り下がることを恐れた。得た権力をこんな形で捨てるくらいなら、どんな形であれ口封じする策略を練った」


 結果的に藍乃は自殺し、口封じには成功。


 話が飛躍しすぎたかもしれないが、どうだろうか。最悪まったくの的外れな回答だったとしても、原良先輩は天宮剣一を怪しいと睨んでいるのなら、僕がいくら変なことを言ったって問題はない。


「なるほど、面白くはある――」

 表情を変えず素っ気なく答えた。そこには肯定も否定もなく、評価だけをしたようだった。

「俺が天宮剣一を怪しいと思う理由は、英雄が自殺した日にとったあいつの行動だ」


「行動ですか」

「ああ、英雄が自殺したその日、俺は天宮に用があってあいつを探していてな。その探している途中、英雄が屋上から落ちてきたって話を聞いて急いで屋上へ行こうと思ったんだ。けどよ、屋上でも英雄が落ちた場所でもなく、まったく別の方向へ走って行く天宮を見かけた。後をつけたら、あいつは誰もいなくなった教室で、誰かの机の中を物色している姿を見た」

「探す? 先生が探すって、何を?」


 茨咲さんが唇を尖らせながら、頭を傾けて訊く。


「さあな。でもあいつがいた教室は、ノアや英雄の居た教室だ。それに、あいつが出て行ったあとを見計らって、物色していた机を確認してみたら英雄の机だった」


 原良先輩の話すように、事件当日、藍乃の担当であり直接演技指導を行う――いわば、愛弟子とも言える藍乃の元へ行かないのも不思議だ。でも、どうして藍乃の机の中を物色する必要があったのだろうか。そもそも机の中で何を探すというのだろう・・・・・・。


「あっ、そういうことか」

「察したか。恐らくだが、天宮剣一が探していたものはノートだ。又はそれに類するモノ」

「え? どうして、どうしてノートを探す必要がある・・・・・・あーあっ、なるほど」


 言い終える前に、茨咲さんは納得したのか頷く。


「でも、そう考えると、あのことを教えたのは英ちゃんが主人公に選ばれる前日だから、最低でも一か月は空くわけでしょ? どうして今更探す必要があるの?」


 茨咲さんは人差し指で顎を指しながら、可愛いアヒル口を作る。

 僕も同様の疑問を抱く。

 果たして、あの情報を探す意味などあるのだろうか?


「英雄は誰にも自分の秘密を暴露しないと、信用していたんだろう。そして英雄と共に、自分の秘密も消えてなくなったと」

「普通は、そう考えるけど?」

「でもよ。警察は事件性がないか持ち物を押収し調べるよな。もし、英雄の持ち物に自分が漏洩したという証拠が出てきたら? 天宮は一巻の終わりだろうよ」


 その通りだ。天宮剣一は藍乃に喋ってはいけないことを喋った。

 それは重大な違反行為であり、たとえ元主人公だとしても裁かれうる罪。だが、物語について教えてもらった次の日に、藍乃は主人公になった。

 知ることが前だとしても後だとしても、大した差はないように思える。


 同じことを考えていたのか、茨咲さんは、

「そう仮定するなら、兎音くんが話した疑惑は晴れるんじゃない? ほら、情報を隠蔽するために英ちゃんを追い込んだって仮説は。それに、やっぱり今更探す必要性もないように思えるけどなー」

 と、話す。


 たしかにその通りでもある。

 そもそも口から出まかせの言葉なので、天宮剣一を犯人に仕立て上げることに意味なんてないのだから、否定してもらって一向に構わない。しかし、『今更探す必要性がない』というのもわかる。藍乃が物語についての文章を残していたとしても、それがいつ書いたのかわからない限りは、バレる心配もないと思うけど・・・・・・。


 そこまで考え、僕はようやく天宮剣一が何を探していたのか理解した。

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