第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~4ー2~


 各々が、〈物語の存在〉について考えているのかもしれないし、事件との関連性について考えているのかもしれない。ひょっとすると、別のことを考えているのかもしれない。僕はそれでも藍乃あおのと関わりがある者と一緒に、以前自分も抱いていた疑問を共有し、藍乃と同じように考えてくれることを嬉しく感じた。


 警察に話したときには、まったく相手にされなかったのだから。


「えっと、それともうひとついいですか?」

 僕はこの沈黙の中、別にやらなくてもいいのだが、挙手してから話す。

「実は事件と関係するかもしれないことがあって、それについても話しておきたくて――」


 二人とも俯いた姿勢からを伸ばし、同時に僕を見る。


「ええ! まだあるの! 兎音とおとくんってば、うちよりも頼りになるじゃん。もしかして、うちって役立たず?」


 いやいやいや。そんなことない。

 僕は行動できたのに行動しなかった、木偶人形だ。今話した内容にしたって、一人だけだったら戯言としてスルーしていたであろう。茨咲いばらさきさんが僕に声をかけてくれて、この場に呼んでくれたから、些細な情報でも共有できた。それに怪しい部分とか事件との関係性とか、そんなもの僕の力だけじゃ見つけられっこない。


「そんなことないです! 僕はそんなに大層な人材じゃあないです。因みに、茨咲さんは今のを聞いて、どう思います?」


「あーごめんねっ、ちょっと衝撃受けちゃったもんで、先走っちゃった」

 茨咲さんは自分の髪をいじりながら、少々照れくさそうに答える。

「そうだね。まだ情報は少ないから何とも言えないけど。英ちゃんはプレッシャーを感じていると話していたけど、主人公に選ばれて嬉しそうにしていた。英ちゃんの性格を考えると、おそらく、よりヤル気が出てきたと考えていいと思うの。でもその後、自殺を決意するまで感情が落ち込んだ。主人公に選ばれたその後、英ちゃんのメンタルに劇的な変化があったのは確定だと思う。そして英ちゃんが兎音くんに話した〈物語の違和感〉。現時点だと、プレッシャーによる心労、物語という普遍的なモノの在り方、あとは第三の要因による心境の変化――これらが絡んでいるんじゃないかな?」


 なるほど、わからん。

 でも疑問に思った点はあった。


「あー。僕も同じこと考えていましたよ。うん。でも『物語という普遍的なモノの在り方』って、どういう意味なんですか?」


 自分でもわかるくらい、めちゃくちゃな棒読みで話してしまった。何だか恥ずかしい。


「んんーとねーっ、うちも全然理解できてはいないんだけど・・・・・・わかりやすく例えるなら、『鶏が先か、卵が先か』『どうして人は生きて、愛して、争いをやめないのか』『神や悪魔、怪異やUMAは実在するのか』みたいな、人によって結論が違ったり、答えが出ないジレンマのような――概念的なモノを異質に感じたんじゃないかな? うちはそう考えているんだけど、まっ、わらないよねっ、てのが最終的な答えかな。でも前者のプレッシャーが原因で病んだ、とかは絶対ないと思う。それが直接作用したとも考えにくいし、英ちゃんはそんなヤワな性格してないもんっ」


 まさか、たったこれだけの情報でここまで考えていたとは。

 物語の役に選ばれた者の理解力は凄いな。


「な、なるほど・・・・・・」

「それで、兎音くんが話した事件に関係するかもしれないことって、それって何?」


 あっ、そうだった。

 それを話さなければらなかったんだ。


「えっとですね。結論から話すと、怪しい人物が一人英譚高校にいるかもしれない」

「え、そんな人いるの? うちはほぼ全員の先生と話したつもりだけど、怪しい人なんて一人もいないように思えるけど」


 茨咲さんは腕を組み、首をかしげながら思い返している。

 城愛じょうあいの名前が出てこないあたり、奴は茨咲さんの前で猫被ったのか?

 沸々と城愛への怒りが募る。

 一人苛立っていた頃、その奥で原良はらら先輩が微笑む仕草を僕は見逃さなかった。

 原良先輩はテーブルに置いていたドリンクを、コクっと口に含み喉が動き、喉仏が上下に移動する。そして咳払いをして、僕らを見る。


「俺も、そこの水扇すいせん兎音と同じ考えだ」


 何を言うかと思えば、突拍子のないことを言うので少し驚いた。と、いっても僕自身の口から『怪しい人物が一人いる』と話した時点で、随分と突拍子もないことであるが。まさか、このタイミングで原良先輩が便乗してくるとは思わなかった。


「原良、先輩? それってどういうことなんですか」

「あ? 文字通り、お前と同じ考えだって言ってんだよ。俺もあの学校で一人、怪しいと睨んでいる先生がいる」

「えーちょっと待ってっ。兎音くんも先輩もうちのこと忘れてない? 二人だけの世界に入らないでよっ。うちだけ仲間外れなんて寂しいじゃん。ちゃんと説明してよ!」


 茨咲さんは可愛らしく、頬を膨らまして僕たちを睨む。睨むといっても、子どもがおやつを没収した親を見るような瞳なので、怖くはない。なんなら、男性は全員落ちてしまいそうな、ブリブリな仕草だ。これにはたまらず、原良先輩も茨咲さんもなだめる。


「悪かったって、ちゃんと説明する。その前に、ひとつだけお前に確認したいことがある」

「はい」

「さっき話したとき、英雄えいゆうは『物語に対して違和感を覚えた』とか言ったな」

「言いましたけど、どうかしましたか? 茨咲さんとは別の説を思いついたとか」

「ちげーって。英雄は『物語に対して違和感を覚えた』と言った。なら、それをお前に話したのは、いつだったって訊きてーんだ」

「いつ? えっとー、たしか、二年に上がった春半ばでした。藍乃が物語の主人公に選ばれる前日ですね。藍乃はそれを喜びながら僕に報告していたので、よく覚えています」

「なるほど・・・・・・」


 原良先輩はニヤリと、再び微笑み、足を組んで目を細める。


「お前が言った怪しい人物は、天宮剣一あまみやけんいち、だろ?」

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