第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~4ー1~



 茨咲いばらさきさんから連絡が来ていた。

『ごめーん! 遅れちゃったー;( 集合場所はここ。カラオケ店ね! 306号室だから勝手に入ってきてーねー。306だからね⁉ よろしくぅ;>b』


 ノリの軽いポップな絵文字を文末に置いてある。

 僕は指定されたカラオケ店へ向かう。

 兎にも角にも、このポップで軽いノリが今の僕には必要なのかもしれない。重っ苦しい心が、少しだけ解れたような――そんな感じがする。


 集合場所であるカラオケ店に到着した。

 受付を担当していた店員に、306号室がどこにあるのか教えてもらい、階段を上った先にある306号室の前に立ち、扉を開ける。


 室内にはドリンクを飲んでいた茨咲さんが、僕を見てにこやかな笑顔で手を振っていた。髪はまとめてポニーテールにしてあり、白のチノパンに黒のタートルネックコーデだ。その隣には、上下黒色に統一されたジャージを着ている男性が座っていた。髪は今時の、ニュアンスパーマがかかった金髪センター分け。ジャッカルのような瞳に耳には幾つかピアスが開いている。見るからにヤンキーだ。積極的には関わり合いたくない人物。

 何だか嫌な予感しかしないなあ。


「待ってたよー。もう少しで一曲歌っちゃおって思ってたんだよ?」

「まあ、カラオケってそういう場所ですし、歌ってもいいのでは?」

「ええー。だってだって、歌ってる途中で誰か入ってきたら気まずいじゃん? うちは店員とか途中で入ってくると、萎えちゃうタイプなんだよねー」

「逆に誰が入ってきても歌える人なんて、メンタルお化けですよ。どちらかと言えば、茨咲さんは誰が入ってきても歌ってそうですけど」

 またまたぁー、うちをおだてても何も出やしないよぉ? 

 と、気さくに話す茨咲さんを横目に、隣の男性は微動だにしない。


 僕は空いているスペースに荷物を置き、その横に座る。


「よし! みんな集まったところだし、兎音とおとくんには紹介しなきゃだねっ。こちら、無口で不愛想で眼光がいかつい男性は、英譚高校三年特進コースの原良桜道はららおうみち先輩。うちと同じく物語の役に選ばれたうちの一人でーすっ」


 拍手をして紹介する茨咲さんだが、虚しいことに、乾いた拍手の音だけが部屋に響く。


「そしてそして、さっきも話したと思うけど、こちら水扇すいせん兎音くん。うちらと同じく、英ちゃんの死の真相を知りたいと願う同志であり、仲間。二人とも仲良くしてねっ」

「えっと、はらら先輩? 水扇兎音です。よろしくお願いします」


 軽く会釈をして原良先輩の表情を窺う。原良先輩は眉ひとつ動かすことなく、「おう」とだけ反応する。


 なんというか掴みづらい人だ。といっても、まだちゃんとした会話すらしてないんだから、相手がどんな人なのかわからないのは当然なのだが、ひとまず、茨咲さんが話していたように不愛想なのは間違いなさそうだ。


「じゃっ挨拶も終わったことだし、本題に入りますかっ」


 僕と原良先輩。お互いの間に流れる気まずい雰囲気を察してか、茨咲さんはパンっと手を合わせて、場の空気を切り替えるように司会役を買って出た。茨咲さんは自分の持ってきたバッグからノートを取り出し、みんなに見えるようにテーブルの上に置く。ノートには藍乃あおのについてのプロフィールが記されていた。身長や体重、性格や藍乃の癖まで詳細に記されてある。ただ藍乃が自殺に至るに経緯や要因について、特に重要そうなことはパっと見た感じ、書いてはいなさそうだ。


「今日集まってもらったのは他でもなく、英ちゃんがどうして自殺してしまったのか、その真相を解明するため」

 茨咲さんは僕らの眼を視て続けて話す、いたって真剣な表情で。

「うちは〈主人公喪失事件〉が起こる以前の英ちゃんについて、先生や同じクラスメイトに聞いて回ったの――」


 茨咲さんは、藍乃のプロフィールがまとめてあるページを捲り、次のページへと進める、が。


「これって・・・・・・」

「そう。見ての通りよ」


 白紙だ。

 一言も書かれておらず、ペンが触れた形跡もない。

 僕はその真っ白なページを見て驚きを隠せなかった。


「うちは英ちゃんと関わる人全員に訊いて回ったけど、誰一人として変わった様子も、行動もなかったって答えたの」

「誰も、ですか? 担任の先生も・・・・・・」

「担任の先生も。何だったら、各教科担当の先生にも訊いて回ったけど、全員同じ答えしか返ってこなかった」

「そうなんですね。茨咲さん自身は何か感じ取ったりしました? その、藍乃の雰囲気とか表情とか、いつもとどこか違うな。とか」

「・・・・・・事件が起こる以前の英ちゃんの様子を思い出そうと努力してみたけど、思い当たる節はなかったの。・・・・・・兎音くんはどう? この中じゃ、一番英ちゃんと付き合いが長いわけだし」


 茨咲さんは困った表情で僕に訊ねる。僕はそんな茨咲さんの顔見て、改めて藍乃英雄について知らないことが多いと感じる。たしかに僕は藍乃との付き合いは長い。同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学、そして高校・・・・・・片時もって言い方は語弊があるが、それでも僕が物心ついた頃から一緒にいる。それなのに、僕は僕以外に見せる藍乃の姿や顔を知らない。知ろうともしなかった。

 そういう意味では、僕は藍乃の一面しか知らない。


「それはそうですけど、二年に上がって久しぶりに話すようになっただけで、中学の後半くらいから疎遠気味になってたし・・・・・・」

「ふーん。てことは、なんも知らねーってことか。つかえねーな」

「ちょっと、先輩! 口が悪いですよ」

「口が悪いってか、事実だからな」


 原良先輩は気ダルそうに呟く。

 たしかに原良先輩の言う通りではあるのだが、何だかわかり合える気はしないな。『なら先輩は藍乃について何か知っていることはないんですか?』なんて訊く度胸があればよかったが、生憎、僕にはそんな度胸も勇気も持ち合わせてはない。


「疎遠気味ではあったんですけど、別に何も知らないわけじゃないです」

「なんだよ。それなら先に話してくれよ。俺みたいな最近の若者は結論から知りたがるんだ。勿体ぶってねーで、さっさと言ってくれ」

「うわっ、先輩ってば我儘というか傲慢というか、坊ちゃま貴族みたい」

「ふざけんな。誰が坊ちゃま貴族だ。勿体付けるのが効率わりぃって話よ。効率的にやった方が余計な情報が少なくて済むだろう?」


 茨咲さんは困ったように、頬を膨らませた。

 この人の図々しさはどこから来るのだろう。と、疑問に思ったが考えたところで自分に何か得られるモノはなさそうだったので、口を噤み切り替えた。


「事件が起きる数か月前くらいから、僕は藍乃と頻繁に話すようになったんです。そのとき藍乃は『前よりプレッシャーを感じる』とか、『主人公に選ばれて嬉しかった』とか。ポジティブな印象を受けたんですけど――事件が起きる前日に話したときにはもう、死ぬ決意のような・・・・・・生きることを諦めたように感じました」

「死ぬ・・・・・・決意・・・・・・」


 茨咲さんは噛み締めるように呟く。その表情は曇っていた。一方、原良先輩は興味津々に、前のめりになって話を聞く。ただ突っかかってくるだけの人かと持っていたが、ちゃんと聞く意思はあるらしい。


「はい。あ、あと物語についても話してました」

「物語について? それは物語のジャンルとか内容に関する話か」

「いえ、違います。ジャンルや内容については何も話してくれませんでした。藍乃の言う物語は、物語そのものです」

「は? それはどういう意味だ」


 原良先輩は眉をひそめる。傍で聞いていた茨咲さんも、意味がわからない、と言っているかのような表情で僕に訴えかけてくる。

 僕は二人の視線を一身に受けながら、呼吸を整える。


「いまいち僕も理解できていないんですけど、藍乃曰く『物語の存在そのものに違和感がある』らしい。事件と何らかの関わりがあるのかと訊かれると、はい、とは言えないけど――僕自身、どこか引っ掛かるので伝えておこうかと」

 一同沈黙する。

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