第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~2ー2~


 僕がマスターの存在を気にしていたのを察してか、木海月きくらげ刑事はマスターに手を振って見せる。

 マスターは布巾で皿を拭きながら、ふん、と乾いた笑いを鼻でした。


 木海月刑事に御用達とまで言うのであれば、僕はもう何も言うまい。


「実はね、君の言う通り、僕は今捜査中なんだ。その捜査ってのも、他でもない〈主人公喪失事件〉。つまり、一度終わった事件を再捜査している。そのための情報収集を、ここ白雪通りで行っていたってわけさ」

「え? んん? 〈主人公喪失事件〉って、今回起きた? メディアの方でも・・・・・・、それに刑事の皆さんも解決しましたって、『自殺であることが判明しました』って。そう言っていたじゃないですか」


「戸惑うのもわかる。君が藍乃英雄あおのえいゆうを慕っていたことも、良き友人であったことも重々承知している。今になって蒸し返されても君が納得しないのもわかる。だからこそだ」


 だからこそ、聞いてほしい。

 木海月刑事は、僕への取り調べを行ったときと同じく、真剣な表情で話す。


 僕はどうしようもない、やるせない気持ちが身体を巡る。僕は(否、僕たちは)、藍乃の死の原因が主人公という重役に堪えきれず自殺を選んだ、そんな、藍乃英雄らしくない行動に納得できないから、こうして自殺の本当の原因について探ろうとしているのに。今じゃ、主人公の死よりも次の物語についてどうするべきかと、吠える薄情者共を当てにせず、前に進もうとしているのに。


 今更じゃないか。


「ああ、今更さ」


 ぽつり、心の中で呟いた言葉は意図せず僕の口から出ていたらしい。

 木海月刑事は、その言葉を肯定するように反復した。


「当時、捜査が打ち切りとなって、君は失望したんじゃないかい? よく知る人物が自殺し、警察はその原因について深く言及はせず、専門家やメディアや世論では〈メンタル面でヤられ、憔悴した結果〉と勝手に断定され・・・・・・。納得できないまま、納得できない結果だけを残して事件は沈黙した」

「・・・・・・・・・・・・」

「実際、この事件を担当していた僕自身も消化不良でね。この結果に納得していないし、失望もした。厳密に言えば幻滅したと言うべきかね。だからこそ、僕と同様の考えを持つ同志を集め、表では捜査打ち切りとなっているが、こうしてまだ捜査活動を行っているというわけだ」


 勿論、上司らも容認しているよ。と、一言添えた。

 つまり、表では原因が究明した終わった事件として取り扱われているが、裏では懸命な捜査が引き続き行われている、ということ。しかし、ならばどうして『事件性がないと断定できたため、捜査は打ち切りとなります』とマスコミの前で明言したのだろう。コソコソ捜査をするよりも、表立って行った方が貴重な情報提供もあり得ると思うのに。


「大体の状況はわかりました。でも疑問というか、そんな貴重な情報を僕なんかに話していいんですか? もしかしたら、僕が広めちゃう可能性もあるし。それに、第一表立ってやらないということは、極秘でやりたいということですよね。この話をした木海月刑事も僕も、ただじゃ済まないんじゃないんですか?」


 ついでにマスターも。


「別に極秘でもないし、秘密裏で捜査しているわけでもないよ。メディアやマスコミが追求してこないから、それに対する対応をしていないだけ。聞かれないから言わない。それだけの話さ」

「なら、わざわざ『捜査を打ち切る』なんて、言わなきゃよかったんじゃないですか」

「・・・・・・・・・・・・」


 まずい、地雷だったかもしれない。


 木海月刑事は口を閉じ、沈黙する。そして静かにカップを持ち上げ、コクッコクッと喉にコーヒーを流し込み、静かにカップをソーサーに戻す。まるで自分自身を嗜めるかのように、一息つき僕を見据える。


「理由はふたつある。ひとつは、君にこの話をしたのは他でもない。取り調べしていくうちに君を信用できる、そう思ったからだ――とは言わない。そんな理由で君にこの話をしているようだったら、僕は刑事失格だろう。だから理由は別にある。君にこの話をしたのは他でもない、君にこの捜査の協力人となってもらいたいんだ・・・・・・バディと言えばわかりやすいかな? 僕は〈主人公喪失事件〉の真相について知りたい、君は藍乃英雄が自殺に至った真実について知りたい。君が協力してくれれば僕は嬉しいし、その見返りとして、僕は君にとって必要な情報を提供してやれる。利害は一致しているし、利害の一致による協力関係として手を組む方が、『君を信用したから話しただけさ』ってよりか、信憑性はあるだろ?」


 たしかに、わかりやすくはある。


 同情した、共感したから貴重な情報を話す。それは悪い事だとは思わないけど、信用するするしないとは、また話は別。簡単に話す奴は守秘義務だとか、情報漏洩だとか、守らないといけないことを守れない奴だと思われても仕方がない。だったらいっそ、利害関係を結ぶことで、損得をお互いに被りフェアであると悟らせる。その方が明確でわかりやすく、そしてシンプル。


「そして、ふたつ。僕は今回の事件を早期に打ち切ったことに、不信感を抱いている。メディアで捜査打ち切りの発表があったのは、事件発覚から一か月経った頃だと思うが、実際はもっと早く打ち切っていたんだ」

「それが早く学校が再開した理由だったんですね」


「ああ。事件性は極めて低いと断定されたが、事が事、物語を紡ぐ一国を代表する主人公の死だ。事件性が極めて低い、とはいえ入念な捜査を行うべきはずなのに、警視庁本部からは『捜査打ち切り。中止』のご一報が入った。明らかに不自然だ」

「その不自然の正体を探りたい。そういうことですか」

「ああ。・・・・・・どうだい、協力してもらえるかな」


 思っていた以上にヘビーだ。今すぐに返事はできない。

 しかし急を要しているのは、僕も木海月刑事も同じだ。こんな話を最初にするということは、すぐに返事をしないとまずい状況に陥るのは僕の方だ。時間が経てば経つほど、僕が聞いた情報の価値は上がるし、外部に漏れる可能性もある。それに、木海月刑事が最初にこの話をしたことには必ず意図がある。おそらく、重要な情報を僕に開示することで、答えるための選択肢の幅を極端に減らしたんだ。となれば、この場で判断して答える以外の選択肢はないだろう。木海月刑事も僕の返答を待っているし、催促するような眼でこちらを見ている。


 こんなモノを風に考えるのも、生存本能だとか第六(勘)感なのかな。木海月刑事だってこの件に関しては本気だし、僕の返答が気に食わなかったら、別の手段を使って僕を犯罪者に仕立て少年院へぶち込むのも可能だろう。なんたって、瞳の奥は『そんなことを平然とできるぜ』ってな、本気の眼をしている。


 今の僕には拒否なんて選択肢は存在しない、と言っても過言じゃない。

 そう考えると、返事はごくごく自然かつ必然的――一択しかない。


「わかりました。真実を知りたいと思う気持ちは、僕も木海月刑事と同じです。協力します――ただし。提供する情報は何か、僕に教えてはもらえませんか?」

「よかった。じゃあ、これから君と僕は協力者であり、新たな同志ということだ」


 木海月刑事はテーブルの上に手を出し、僕は差し出された手を握り固い握手を交わした。


 新生凹凸相棒の結成だ。

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