第二章 英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~2ー1~
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数少ない〈友だち〉の欄に、一人増えたことに若干の嬉しさ――など感じる暇もなく、陰湿ないじめを受け続ける怒涛とも言い難い日々を過ごした。気にするだけ鬱になるだけなので、とにかく無機質に過ごすが・・・・・・最近の若者は凄いな。現代のいじめというものは犯罪者と変わらないくらい、証拠を残さないよう入念に画策したいじめを行う。その熱量はどこから湧くのか、逆に感心してしまう。
何はともあれ、茨咲さんとは都度都度連絡はしているが、あっちはあっちでどうやら忙しく、平日は会えないらしい。そこで今週の土曜日、場所は
そうして時間は流れ、土曜日。
僕は現在、阿道町の白雪通りで茨咲さんを待っている。もうそろそろ来てもいい時間なのだが、一向に茨咲さんの姿は見えない。一応、
『僕はもう到着しましたけど、茨咲さんはどうですか?』
などと連絡してみたものの返事はない。それから数分ほど経った頃。
『ごめん;‹! 急遽、他の子も連れてくることにしたから遅れるかも;8‼ 適当に時間潰してて!』
と、愛らしい蝸牛のスタンプ付きで連絡がきた。
「まー、仕方ないか」
僕はため息をひとつ吐き、白雪通りの中へ入った。
白雪通りはどこにでもあるような様々なお店やデパートが軒を連ねる商店街だ。特に街の中心部に位置することもあり、ひっきりなしに人が行ったり来たりしていてゴチャゴチャしている。ここに来たのもいつ以来か。たしか中学二年生が最後だったような気がする。覚えている範囲だと映画を観に行ったかな? どうだっただろう。そこら辺の記憶はどうやらあやふやになっているらしい。今じゃ、当時観に行った映画館がどこにあるのかは覚えていない。
そういえば、どんな映画を観に行ったんだっけ?
白雪通りを歩きながら思い出そうと努力してみるが、中々思い出せない。まあ、場所さえも覚えていないとなると、忘れてしまえるほどの作品だったのだろう。捻くれた評論家がいかにも言いそうなことを考え、少し嫌な成長の仕方をしているな、と思ってみては将来イヤな大人になる自分を想像して苦笑する。
「ちょっといい?」
後方から声を掛けられ、振り向く。
「あぁーやっぱりそうだ。
正直驚いた。まさかこんなところで、偶然にも出会うなんて想像もしていなかった。
木海月真実刑事。今回の――いわゆる〈主人公喪失事件〉やその他の物語に関わる事件が起きた際、捜査及び事件解決に動く警視庁直属の物語特別対策部捜査第一課に所属している人だ。物語特別対策部の活躍は数多くあるが、一番有名なものとしては、部外者が主人公もろとも爆散しようと爆弾を持って迫ったテロを未然に防いだ、という事件である。木海月刑事が関わっていたかはわからないが、子どもの将来の夢ランキングでは毎年上位に食い込むほど、人気な職である。
そして木海月刑事は今回の〈主人公喪失事件〉の捜査を行ったうちの一人。
最初はお互い睨み合っていた。まるで犬と猿のように。だが今では、僕のことを悪者だと思っていない心優しき刑事さんだ。
「勿論覚えていますよ、あのときは本当にありがとうございました」
「いいって。君にはちゃんとしたアリバイもあったし、何より
逆に君のことを犯人だと言い張る人物の方が怪しかったよ。
と、付け加えるように話した。
「へー。それより今日どうしてここに? また別の事件の捜査ですか」
うーん、と傾げながら木海月刑事は周りをキョロキョロと見渡し、
「ちょっとここじゃ話しにくいから移動しようか」
僕は頷き、木海月刑事の後ろをついて行った。
大通りを逸れ小道を少し歩く。白雪通りにこんな場所があるのかと少し驚いた。白雪通り〈大通り〉が現代のニーズに合わせたモダンな雰囲気であるのに対し、白雪通り〈小道〉は老舗が並ぶ古風な雰囲気を醸し出していた。
「ここだよ」
木海月刑事が立ち止まった場所は、小さな喫茶店だった。店飾ってある看板は色褪せ、黒く塗ってある文字も所々削れており霞んでいる。入り口付近には立てかけ黒板に『本日のメニュー:おすすめ スパイス強めペペロンチーノセット』と、黄色のチョークで書かれている。
誘導されるがまま、僕は店内へと入り窓際のテーブルに着席した。店内はおおよそ喫茶店には似つかわしくないシャンデリアが飾られており、店内の奥の方では店員がテーブルを拭いている。カウンターへ目をやると、古びた棚には幾つかのコーヒー豆が並べられている。テーブルや椅子はすべて木製で創られており、一つ深呼吸すると、コーヒーの香りそしてほんのりと木材特有の香りが鼻腔の奥を撫でる。
昔ながらのレトロな雰囲気――どこかノスタルジックな気分に浸れる。
奥の方でテーブルを拭いていた店員は、僕たちのいる方まで移動し、
「ご注文は」
と、小さな丸眼鏡をかけた白髪の初老の男性が、ぶっきら棒に訊ねる。
「んーそーだな。どれにしようかなー」
「悩むぐらいならいつものでいいだろ・・・・・・そっちのは」
「じゃあ、僕は木海月さんと同じものを」
「・・・・・・はいよ」
初老の男性はカウンターまで移動し作業を始めた。
「マスターの作るコーヒーはおいしいから、君も期待していいよ」
「マスター? てっきりこの店の従業員だとばかり」
「まー、なんて言うのかな、従業員兼店長ってとこかな。ここの店は正規も非正規も雇っていないんだよ。だからマスターが一人で仕込み、調理、清掃、会計全部をやっているのさ」
「大変そうですね」
「そうでもないって」
笑いながら木海月刑事はマスターに目をやる。
「あの人さ、こだわりが強くって客をえり好みしてんの。決まった人しか店に入れないから一人でも回せちゃうわけ。まっ、わざわざここまで来る物好きもいないし、マスターが人選ぶせいで商売繁盛とはいかないだろうけど」
繁盛してます! という雰囲気はない。
千客万来の体勢でいる他の店舗に比べ、店側にも客を選ぶ権利はある、と主張するようなこだわりがある人・・・・・・。
嫌いじゃない。
「でも、どうして僕はOKなんですか?」
「それはね、僕が今度ここへ来るときに、『連れも一緒に来る』なんて言ったからだね。・・・・・・まあその約束は果たされなかったけどね、君が来てくれてよかったよ」
話している木海月刑事は視線を下げる。
懐かしくも遠い過去を思い出すように――ここではないどこかを視ているようだった。その瞳には哀愁が漂っていた。
僕はそんな木海月刑事を見て、どこか既視感を覚えた。
マスターはブラックのホットコーヒーを僕と木海月刑事の前に置いた。
マスターのご厚意で、僕の分だけ角砂糖とミルクを用意してくれた。マスター曰く「ブラックを飲むなら、砂糖だのミルクだの入れてほしくねえ。お前はまだガキだし。サービスしとくよ」と、不本意そうな顔をしながらぶっきら棒に言った。
どうやらマスターのこだわりは、お客だけじゃなくコーヒーにも同じように強いらしい。ただ、こだわりが強いあまり他者を寄せ付けないオーラが出ている。これではマスターが客を選ぶ前に、客が入るや否や踵を返してしまいそうだ。
「さて、ここなら誰にも話を聞かれる心配もないし、話の続きをしよう」
木海月刑事はコーヒーを一口飲むと手を重ね、両肘をテーブルに置く。
「大丈夫、ここのマスターは口が堅くてね。情報が洩れる心配はないよ。故に、ここは僕ら刑事の御用達の店なんだ」
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