第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~1ー3~

 

「多分そうだと思います。今日久しぶりに学校に来て、朝からこの状態なんで十中八九、百パーセントいじめに遭ってますね、僕」

「んなっ! 他人事みたいな・・・・・・やっぱしあの噂のせいなのかね」

「うわさ? 噂がどうしたんです?」


「えっ知らないの? いや、たしか久々に学校来たって言ってたし、知らないのも無理ないか」

 茨咲いばらさきさんは唇を尖らせながら呟く。そのあと、うん、と頷いて僕を見る。

「今日はどちらにせよ、軽い挨拶と協力してくれるかどうか訊きたかっただけだし。まだ時間あるから色々と話そうよっ。兎音とおとくんは今の学校の雰囲気は知らなさそうだから、雑談のついでに教えたげるっ」


 言うと茨咲さんは片目を閉じ、ウィンクした。

 あざとく微笑む表情が何とも魅力的だなと感じた。


 茨咲さんは今の状況や噂の件、それに自分のことについて教えてくれた。どうやら現在、私立英雄譚しりつえいゆうたん高等学校は窮地に陥っているらしい。というのも、若くして主人公になった藍乃英雄の自殺を学校は止めることができなかったとして、様々な批難を浴びているとのこと。加えて刑事や一部メディアの対応に追われ、苦労が絶えず、周りからの評判も右肩下がり。今まで物語に携わる役を育成・輩出してきただけあって、輝かしい功績に泥を塗る結果を残してしまった。


 つい最近の話なのだが、学校側は会見を開いたらしく『今後このようなことが起こらないよう努める』と話し、記者の質問に対し『どうしてこのようなことが起こってしまったのか、調査は現在も続いている』と答えていたらしい。やはりTVがないのは不便だ。会見があったなんて初めて知った。


 噂の件についてだが、その噂と言うのが〈自殺の原因を作ったのは水扇すいせん兎音だ〉というもの。この噂を広めた人は不明だが信じる人が多いらしく、事件後、僕が学校に来なかったことも相まって信憑性が増したらしい。茨咲さん曰く、今の僕の状態は〈誰かは知らないけど名前は知っている〉みたいな悪い意味での有名人とのこと。ただ僕自身、藍乃あおのに対し自殺を煽るようなことを言った覚えはない。根も葉もない噂が、どうやら独り歩きしているようだ。しかし所詮はうわさ。当事者である僕が違うと理解していればそれでいい。少なくとも茨咲ノアは理解してくれているし――何より、僕がいじめられている原因を知れたのがよかった。


 理由のないいじめほど理不尽なものはないから。


 しかし、茨咲さんの話(というか雑談)を聞いていて一番驚いたのは、茨咲さん自身の経歴だ。茨咲さんは自己紹介のときのも話してくれたように、藍乃と友人だったらしいが実際のところ、茨咲さんも主人公候補の内の一人だったらしい。


 茨咲さん曰く、

「補欠の補欠みたいなもんで、ダサいじゃん? 胸を張れるだけの、名誉でも何でもない」

 と言っているが、それでも十分だと思う。


 加えて。今回あるはずだった物語のライバル役に抜擢されていたらしく、僕は驚きを隠せなかった。主人公にはなれなくとも、藍乃と一緒に物語を紡ぐことができることを、嬉しそうに僕に話してくれた。ただ話していた表情はどこか寂しそうで、悔しそうだった。


 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、時刻は午後六時。

 全校生徒が帰宅する時間。


「うぅーん。いやー、人と会話するっていいね! 駄弁るっていうの? 気も紛れるし楽しいし、それに志を共にする同志にも巡り合えたしっ。これからもよろしくねぇ」


 大きく背伸びをすると、関節をポキポキと鳴らす。


「僕も楽しかったですよ。藍乃のこと話せたし、僕の方こそよろしくお願いします」


 茨咲さんは、うんうん、と頷き口を開きかけたが、言葉を発する前に前方のドアが開いた。

 そこには見知らぬ先生が立っていた。

 丁度ドア枠の影に隠れシルエット上でしか確認できなかったので、背丈でしか判断できなかった。




「おい、おい。てっきりもう帰ったかと思ったらこんなところにいたのか。ほら、さっさと帰るんだ。今日は特別に早く帰らせたんだからな?」

「ごめーん、せんせー。ちょっと盛り上がっちゃって。もう帰るんで大丈夫でーす」

「はぁ、わかってんならいい。・・・・・・そこにいるのは誰だ?」


 先生は僕を見ながら言う。


「水扇兎音くんですよ。ほら、英ちゃ――藍乃さんが話していた友達の兎音くんです」

「・・・・・・あー、例の少年か。君も、さっさと帰ること。いいね?」

「はーいっ。急いで帰りまーす」


 その言葉を聞き、先生はドアから離れ廊下を進んで行った。

 茨咲さんは、ふーっ、と息を吐き、


「うちらも帰ろっか。また先生来たら怒られちゃうし――あっ、それとこれ。うちの連絡先ね。これでまた連絡して、次会う日を決めよっ。じゃ、またねっ兎音くん!」


 バイバーイ、と茨咲さんは教室を出て行った。


 僕は手渡されたメモ紙をポケットの中に押し込み、背伸びひとつ、ため息ひとつ吐いた。再び外の景色を見ると陽は落ち、紫が濃く強調された茜色が空を鮮やかに映していた。長かった一日を振り返り、僕も教室をあとにした。

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