第二章 英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~1ー3~
「多分そうだと思います。今日久しぶりに学校に来て、朝からこの状態なんで十中八九、百パーセントいじめに遭ってますね、僕」
「んなっ! 他人事みたいな・・・・・・やっぱしあの噂のせいなのかね」
「うわさ? 噂がどうしたんです?」
「えっ知らないの? いや、たしか久々に学校来たって言ってたし、知らないのも無理ないか」
「今日はどちらにせよ、軽い挨拶と協力してくれるかどうか訊きたかっただけだし。まだ時間あるから色々と話そうよっ。
言うと茨咲さんは片目を閉じ、ウィンクした。
あざとく微笑む表情が何とも魅力的だなと感じた。
茨咲さんは今の状況や噂の件、それに自分のことについて教えてくれた。どうやら現在、
つい最近の話なのだが、学校側は会見を開いたらしく『今後このようなことが起こらないよう努める』と話し、記者の質問に対し『どうしてこのようなことが起こってしまったのか、調査は現在も続いている』と答えていたらしい。やはりTVがないのは不便だ。会見があったなんて初めて知った。
噂の件についてだが、その噂と言うのが〈自殺の原因を作ったのは
理由のないいじめほど理不尽なものはないから。
しかし、茨咲さんの話(というか雑談)を聞いていて一番驚いたのは、茨咲さん自身の経歴だ。茨咲さんは自己紹介のときのも話してくれたように、藍乃と友人だったらしいが実際のところ、茨咲さんも主人公候補の内の一人だったらしい。
茨咲さん曰く、
「補欠の補欠みたいなもんで、ダサいじゃん? 胸を張れるだけの、名誉でも何でもない」
と言っているが、それでも十分だと思う。
加えて。今回あるはずだった物語のライバル役に抜擢されていたらしく、僕は驚きを隠せなかった。主人公にはなれなくとも、藍乃と一緒に物語を紡ぐことができることを、嬉しそうに僕に話してくれた。ただ話していた表情はどこか寂しそうで、悔しそうだった。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、時刻は午後六時。
全校生徒が帰宅する時間。
「うぅーん。いやー、人と会話するっていいね! 駄弁るっていうの? 気も紛れるし楽しいし、それに志を共にする同志にも巡り合えたしっ。これからもよろしくねぇ」
大きく背伸びをすると、関節をポキポキと鳴らす。
「僕も楽しかったですよ。藍乃のこと話せたし、僕の方こそよろしくお願いします」
茨咲さんは、うんうん、と頷き口を開きかけたが、言葉を発する前に前方のドアが開いた。
そこには見知らぬ先生が立っていた。
丁度ドア枠の影に隠れシルエット上でしか確認できなかったので、背丈でしか判断できなかった。
「おい、おい。てっきりもう帰ったかと思ったらこんなところにいたのか。ほら、さっさと帰るんだ。今日は特別に早く帰らせたんだからな?」
「ごめーん、せんせー。ちょっと盛り上がっちゃって。もう帰るんで大丈夫でーす」
「はぁ、わかってんならいい。・・・・・・そこにいるのは誰だ?」
先生は僕を見ながら言う。
「水扇兎音くんですよ。ほら、英ちゃ――藍乃さんが話していた友達の兎音くんです」
「・・・・・・あー、例の少年か。君も、さっさと帰ること。いいね?」
「はーいっ。急いで帰りまーす」
その言葉を聞き、先生はドアから離れ廊下を進んで行った。
茨咲さんは、ふーっ、と息を吐き、
「うちらも帰ろっか。また先生来たら怒られちゃうし――あっ、それとこれ。うちの連絡先ね。これでまた連絡して、次会う日を決めよっ。じゃ、またねっ兎音くん!」
バイバーイ、と茨咲さんは教室を出て行った。
僕は手渡されたメモ紙をポケットの中に押し込み、背伸びひとつ、ため息ひとつ吐いた。再び外の景色を見ると陽は落ち、紫が濃く強調された茜色が空を鮮やかに映していた。長かった一日を振り返り、僕も教室をあとにした。
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