第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~1ー2~


「とりあえず自己紹介。うちの名前は茨咲いばらさきノア、特進コースの二年。元陸上部。見たらわかる通りアメリカ人と日本人のハーフ。ちなみにパパが日本人、ママがアメリカ人ねっ。まー、知っているとは思うけど主人公だった藍乃英雄あおのえいゆう――うちは英えいちゃんって呼んでいるんだけど、英ちゃんとは顔なじみなの。いわゆる同じ志を持った同志であり、良き友であり、苦楽を共にした好敵手? みたいな、感じっ?」

「・・・・・・はあ」


 としか言えなかった。茨咲さんが藍乃と知り合いで、親しい間柄だったことはわかった。だがどうして藍乃の友人である茨咲さんが、僕を探していたのか皆目見当もつかない。僕は何かを成せるわけでもないし、探されるほどの人材でも――ましてや、重大な事を犯してしまったわけでもない(と思いたい)。


 それに何故僕の名前を知っているのかも疑問だ。


「ちなみに、君は自己紹介しなくていいよ。英ちゃんから兎音とおとくんのことは聞いているし、それに初めましてじゃないからねー」

「・・・・・・? いえ、僕は貴女と会ったことは一度もないと思いますけど」


「実はね。英ちゃんが屋上から飛び降りた日、屋上に君が立っているのを見たんだよっ。逆光もあってシルエットだけしか判別できなかったけど。多分あの人影は兎音くん。君でしょ? まっ、八割方うちの勘なんだけどねっ」


 あの日、僕が見下ろしたとき、たしかに見上げている人がいたけどあれはどうやら茨咲さんだったらしい。今思い返してみれば、金髪だし特徴は一致している。ある程度納得はしたものの、それでも疑問は尽きないが、ともかくだ。


 僕は一番知りたいことを訊く。


「色々と質問したいんですけど、まず、どうして僕のことを探していたんですか?」


 一番はこれだ。この質問だ。

 どうして僕のこと知っているのかなんて、大方予想できる。だが茨咲さんの目的がどうしても見えてこない。きっと僕を探していたことがわかれば、おそらく茨咲さんの目的もわかるし、それに『君にとっても重要なこと』の意味もわかる。


「そうねー」

 茨咲さんは腕時計を見ると時間を確認した。

「たしかに時間もないわけだし、パパッといきましょっ。実はね、英ちゃ・・・・・・主人公、藍乃英雄が自殺した事件あったでしょう? うちは、どうして藍乃英雄が自殺を行ってしまったのかが知りたい。そのためには昔馴染みである君の――〈水扇すいせん兎音〉の力が必要不可欠だと思ったわけっ。誰よりも彼女の傍にいて、誰よりも彼女の過去を知る兎音くんがこの事件の真相を知るための、重要な鍵になると思った。だからうちは兎音くんを探していた。どお? ご理解いただけたかしら?」


 まさか・・・・・・。僕は呆気に取られてしまった。

 今、目の前にいるノリは軽いけど一本芯の通ったこの女性――茨咲ノアは、真実を知りたいと切に願っている。まるで真相を解き明かすことが正義であり、それが正しさだと言わんばかりに、僕の瞳に訴えかけてくる。


 お前はどうなんだ? 君は違うのか? と。


 僕は何をするべきなのか、ようやく理解したような気がした。僕は何も言わず、これ以上言及することもなく、茨咲さんの前に手を差し出した。茨咲さんは一瞬どういうことだろうと戸惑っていたが、僕の行動の意味を理解してくれたのかニッコリと笑顔を浮かべ、握手した。


「交渉成立ってことで。おーけー?」

「うん。僕も藍乃がどうしてこうなったのか知りたい。茨咲さんと僕の目指すべき場所も、道も同じだ。断る理由がない」


「そっか。でもよかったわ。うちは兎音くんのこと話でしか知らないから、どんな男なのか想像つかなかったんだよね。もしかすると、融通が利かないくせに質問ばっかりするあんぽんたんかもしれない。まっ、実際のところそうじゃなさそうだし、安心した」


 グサッ、と僕に刺さるようなことを言う。


「・・・・・・褒められているのか怪しいですけど、誉め言葉として受け取っておきます」

「いいよ、いいよ。まったくもってノープロブレムっ。褒めているから安心しなって」

茨咲さんは笑顔で答えた。浮かべるその笑顔はどこか、そこはかとなく藍乃に似ている。

「てかさ、ひとつだけ訊いていっ? ずっと気になってたんだけど、兎音くんの机さ、何でこんなに汚いわけ?」


 茨咲さんは下を指し、僕は視線を落とす。たしかに汚れている・・・・・・と、言えば汚れている。ただこれを汚れていると形容していいのだろうか。正直悩みどころだ。机は油性のペンでぐちゃぐちゃに落書きされ、所々に刃物で傷つけた痕が残っている。それに茨咲さんからは見えないだろうが、僕の座っている椅子も同様、油性ペンで落書きされ、画鋲が根元までぶっ刺さっている。多分、人の指や爪じゃ取れないだろう。


「自分でやったわけじゃないですよ?」

「疑ってないよ。自分でやってたら相当なかまってちゃんか、ドMでしょ。なに? 兎音くんはいじめに遭ってる感じなの?」


 少しおどけた口調で、でも乾いた笑い声と共に心配しているような面持ちで話した。綺麗な指と手入れの行き届いている爪で茨咲さんは、ペンで書かれた落書きを擦って消そうとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る