第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事 ~1ー1~



第二章  英譚高校・学生/物語対策部・刑事


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 主人公、藍乃英雄あおのえいゆうが自殺して一か月半。

 当時は主人公が死亡したということもあり、自殺前日に会った僕を含めた生徒及び教師らが事情聴取に応じた。その数日後、家宅捜索にて自宅から遺書が見つかった。並行していじめ・殺人の線での捜査も行われていたらしいが、事件性はないとして捜査は打ち切られた。一方、世の中は何事もなかったように・・・・・・回らない。主人公が死んだということは、物語が始まらないということ。既に知らされていただろう主要人物たちの配役は、もうなくなってしまったと。事実上の降板と言っても差し支えないだろう。


 だが重要なのはそこじゃない。


 一番は先ほども言った、物語が始まらず進まないこと。物語を円滑に進めるべく、国民は役となり物語に携わるのだが、現在その物語自体がないため、すべてがストップしている状態だ。一時は主人公なしで物語を始めようとしたが、そんな強引なことはできない。主人公不在の状態で物語を強行するなど言語道断、世間や他国からどのようなバッシングが来るかわかったもんじゃない。それ故、今は誰を新たな主人公にし、どのようにして物語を再開するのか、現在進行形で議論されている。


 そもそも主人公が自殺するなど、今までの歴史上初。物語の進行上、主人公が自害するという形で幕を閉じた物語もあるそうだが・・・・・・。


 物語が始まる前に主人公がいなくなるのは、前代未聞なのだ。

 自殺大国と囁かれる日本で起こった――これから先、考えていかなくてはならない問題だろう。


 だがどうしてだろう。多くの者はそこに目を向けない。重要なのは代役となる主人公の選出と、空いた期間をどう過ごすか。そればかりで、本質には触れようとしない。しかし、一番重要なのは物語が始まらないこと。と言ったが、僕の考えは違う。


「どうして藍乃が自殺したのか・・・・・・」


 何故? どうして? 何があって? どんな経緯があって、自殺をしてしまったのか。


 今のところ自殺の原因は、周りからの期待による重圧で精神を病んだ結果だ。という見解が有力だ。やはり精神面は年相応で、過重なストレスにより判断力が著しく落ちたから自殺という誤った行動を取った。馬鹿馬鹿しい――だけど、否定する材料がない。様々な憶測が飛び交うのも、原因と情報がないからだ。


 今ではこの凄惨な事件は〈主人公喪失事件〉などと呼ばれる始末。

 しかし〈病んだ〉という表現も、いささか間違いではないのかもしれない。藍乃の瞳は暗かった。藍乃ほどの人間となると期待が責任となり、失敗で指をさされ、成功がハードルを上げる。やはり精神を病んでいたことは間違いない。だが、これは僕の直感なのだが、それだけではないような気がする。


 もっと他の何かがある。

 だが、調べようにも情報がない。


 重要な情報源となるTVがないため、外部からの情報はラジオ、ネット記事ニュース、twitter、くらいしかない。どれも確認してみたが、自殺に至る経緯や原因は書かれていない。やはり代わりとなる主人公と物語の方が大事らしい。今では何があって自殺したのかなど問われない。まるで事件に触れることが、タブーであるかのように取り扱われている。そのため今は、藍乃と会話したあの時間だけが、僕の持ち合わせている情報だ。


「どうしようか」


 僕は独り、教室の一角で呟いた。

 時刻は午後五時を迎え、町中に夕暮れのチャイムが鳴り響いている。窓の外にはまだ沈んでいない太陽は町を照らしている。茜色の光に包まれている教室には誰もいない。あの事件以降、学内での活動には時間が設けられたため、帰宅部員は即下校、それ以外の者は午後六時まで活動を許されている。


 僕も一応帰宅部員なのだが、今はなんの意味もなく、時間が来るまで窓から見える屋上を眺めている。屋上には現在立ち入ることはできない。学校側も、いよいよ屋上という場所の危険性に気づいたらしい。屋上に繋がる階段までは行けるが、それ以上は厳重に封鎖されている。


 そのため僕は、こうして教室の窓から屋上を眺めては「これからどうするのか」「なにをすべきなのか」「正しい行動とはなんなのか」考える。過去の思い出と浸りながら、堂々巡りが続いている。


 汚い机につっぷして眠るように息を吐く。

 こうして何もせず何も成さない僕は怠惰なものだ。垂れた頭を上げて帰宅の準備をする。数日ぶりに学校へ来たというのに、無駄な時間を過ごしてしまった。僕は忘れ物がないかどうか、再度入念に確認して立ち上がった。


 移動しようとしたとき、ガラガラッ、と後方のドアが勢いよく開かれた。女性だ、それも金色の長髪。女性はキョロキョロ周りを確認したあと、僕の方へ近づき隣まで移動する。


 第一印象はデカく、そして近寄り難い。身長は一七〇・・・・・・いくつだろう、もしかすると一八〇あるかもしれない。とりあえず女子高生の平均身長は軽く超えている。程よく焼けた肌は筋肉質で、何かしらのスポーツを行っていたことが窺える。そのためか慎重に見合ったスタイルをしており、顔立ちも良く瞳はサファイヤブルーに輝いている。おそらくハーフなのだろう。輪郭は日本人由来のものをしている。服装はというと、ブレザーは着用しておらず、スカートは畳んで短くなっている。


 しかしどうしてだろう。この女性とは初めて会った気がしない――いや、きっと気のせいだ。


「ねえ、ここって普通科の2―4教室で合ってるよね? うちさ、えーっと〈水扇兎音すいせんとおと〉って名前の生徒探してるんだけど。どっかで見たりしてない? 知らないなら知らないで全然いーんだけど」


 女性は僕を見下ろしながら言う。

 第二の印象としては育ちがいいのだろうな、ということ。勿論、見た目がどうとか話し方がどうとか、そんなことではない。女性は僕の眼を視て、キョロキョロ周りを見ることなく話す。ちっぽけで些細なことだ。だがこの些細な所作が、僕にとっては好印象だった。


「えっと、その、水扇兎音って人はおそらく僕です。僕が水扇兎音です」

「え? 君が? ・・・・・・ふーん、そっかぁ。なら話は早いわ、少し時間貰ってもいっ? 多分、君にとっても大事な話だからさっ」

「僕にとって、ですか?」

「そ、兎音くんにとっても、うちにとっても大事な話。ちょっとこのお席借りるねっ」


 女性は僕のいるひとつ前の席に移動し、本来とは違う向きで着席したため、僕はなるべく下を見ないよう注意した。所作云々かんぬんの話はなかったことにできないものか。

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