第一章  物語/主人公 ~2ー1~

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 結局昨日は五限目が始まったくらいまで眠り呆けてしまい、先生にこっぴどく叱られた。


 その先生というのが城愛克也じょうあいかつやで、五限目の授業の保健体育の担当している生徒指導の先生だ。お世辞にも生徒からの評判は良くなく、授業へ遅刻してきた僕はネチネチくどくどと文句と嫌みを言われ、終始保健体育の授業は城愛の愚痴と僕の説教で終わった。そして僕がサボっていたことが城愛経由で、担任の乃手坂白雲のてさかしらくも先生にバレたらしい。


 僕は朝から叱られテンションは駄々下がりだ。――加えて先ほど終わった四限目の授業は、乃手坂先生が担当している〈役学〉。グループワークと先生からの視線を感じ、さらにテンションダウン。


 そんな四限目の終わり、翌日の今日。場所は2―4教室。

 授業が終わると、乃手坂先生が近づいてきた。


水扇兎音すいせんとおとくん。君は、少しは反省したかな?」


 表情は固くもなく、緩くもなく。限りなく普通に近い笑顔で話しかけてきた。


「まあ、そうですね。昨日、城愛・・・・・・先生に嫌というほど怒られたんで、流石の僕も反省してます」

「自分のこと棚に上げるねえ。まーたしかに、君のサボり癖は今に始まったことじゃないし、慣れている俺からしてみれば目を瞑ってやれるが」

「すいません・・・・・・」

「なに謝っているんだい。反省の色は見えたし、君のサボり方ももバリエーションがあって面白い。今更謝らなくてもいいさ。俺としては君が次、どうサボってくれるか楽しみで仕方ないからね」


 乃手坂先生はいつもこうだ。入学してからも僕がサボろうが、寛大な心で受け入れくれる。目上の人、生徒隔てなく気遣いのきいた優しい先生だ(どっかの誰かとは違って)。だが、僕が先生に甘えているのも事実。治そうとは思っても、中々治せない。僕のサボり癖はいつしか習慣化されてきたらしい。先生に甘えることができる間に、どうにかしなければ・・・・・・。


「先生、僕のサボり癖はどうやったら治るんですかね?」

「うーん、俺はそういう類のカウンセラーじゃないからな。言っても少しかじっているぐらいで専門家じゃないが・・・・・・。そうだね、君の場合はさっきも言ったように、理由があるのは事実。おそらく人間関係だろう。君は人間関係を構築する際に、雨の日の天パ並みに癖があるからね」


 寄り添ってくれているのだろうか? それとも慰めてくれているのだろうか? にしては棘があるというか、遠回しに悪口を言われたような気がする。まあ先生のことだ。悪気があったわけではないのだろう。


 僕は先生を見ながら「はあ、なるほど」と答えた。


「俺はそうだと思うね。現に君が心を開いて話している人なんて、俺は一人しか思いつかない。それに俺とはこうして話してくれるようになったけど、心なんて開いちゃいないだろう? 君は〈信用できない人〉に囲まれることが、どうしても窮屈に思えてしまうんじゃないかな? だから独りになりたがっている」


「そうでしょうか?」

「じゃないかな? でもね、俺はひっそりと君の生き方に嫉妬しているんだよ?」


 先生は実に嬉しそうに、ニコニコと意地悪な子供が浮かべそうな無邪気な表情を浮かべた。


「サボるという行為は大人になると絶対できないんだ。サボれば上に叱られ、信用を失い、積み重なると職を失う。だが君たち学生は違う。学生は制限のある自由を楽しむことができる。大人にはそれが難しくてね、サボる行為は君たちの特権なんだ。勿論、乱用しすぎれば擁護できなくなるのは事実だが、それでもサボるという行為は、青春を謳歌する上で恋や友情の次に大切なエッセンスだと思う。俺にはそんな青春は訪れなかったからなー、正直君が羨ましいね」


 だから嫉妬しちゃうのかも。と、昔を思い出しているのか瞳を閉じて、うんうんと頷いている。

 そして何かを思い出したのか、瞼を開いて僕に言った。


「あっ! そういえば今朝方、特進コースの藍乃英雄あおのえいゆうさんが『私用で屋上を使ってもいいですか?』って訊いてきたよ」

「・・・・・・? どうしてそれを僕に言うんですか」

「それが、もしよかったら君を屋上に呼ぶことはできないか、って言ったんだよ」

「はあ。僕を呼ぶのはいいとして、許可はしたんですか?」

「訊くとこそこかよ・・・・・・まっ! 許可はしたさ。だけど、兎音くん、少し怪しいと思わないかい。屋上を使用する許可を得るついでに、君を屋上へ呼んだということは・・・・・・俺の言いたいこと、伝わったカナ?」


 わからん。

 ちっともわからん。


「どういうことですか?」

「はあーあ。鈍感というべきか、ピュアと言うべきか。――焦れったいなぁ。俺の口から言わせる気か? 青春でしょ、これは。きっと藍乃さんからの告白とかあるんじゃないかと思うけどねー」


 まさかの答えだ。

 たとえ先生が僕のことをわかっていたとしても、藍乃のことは理解していないらしい。告白なんぞ、天変地異が起きようが、お尻に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわせることが世界で初めてできたとしても、ありえない。


「ないです。断言できます。ありえません」

「そうかぁ? 俺が見るに、君は彼女に心を開いているし、彼女は君のことを信頼しているように感じる。とってもいいコンビじゃないか。俺は凄くお似合いだと思うけど」


 このときの先生の顔ときたら、男子小学生が友達の好きな人を聞いたあとその友達をイジるときと同じ顔をしていた。


 どの角度から見ても、僕を茶化している。


「僕はそう思わないです。あと、先生と生徒間でもセクハラはありますからね。僕だったからよかったものの、下手すりゃ訴えられますよ」

「大丈夫、大丈夫。君以外にこんなこと言わないから安心しなさい。それじゃあ、俺は伝えたから。じっくり、ゆっくり俺には味わえなかった青春しなよ」


 そうして先生は気分よさそうに教室を出て行った。

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